酔芙蓉(すいふよう)に酔い痴れて 〜結花編〜-2
『あの花ね『酔芙蓉』って言うんだ。綺麗だろう?』
彼の住んでいたアパートの部屋の窓から見える唯一の景色が、この『酔蓉芙』のある風景だった。
毎日毎日、何をするわけでもなく、ただ、陽の光りに酔い痴れ、移りゆくその花の姿に、ふたりは酔い痴れ、窓の外で繰り広げられる『酔芙蓉』の一人芝居に、何時間も釘付けになっていた。
寄り添って、抱き合って、触れ合って…それだけで充分幸せだった。
そんな、幸せな毎日にピリオドを打ったのは…私。
だって、私にはわかっていた。
こうして、彼の胸に耳を当てると感じる、彼の心の中で、風船のように膨らんでいく『想い』
彼が、その自分の中で蠢いている一つの『想い』に気が付いて、その風船が弾け、私の前から消えてしまうのが怖かった。
だって、大好きだったから…。
だから、彼が自分の『想い』に気が付く前に私は……逃げた。
彼が心の中で育てている、私以外の誰かに、大好きな彼を盗られる前に……。
「私のこと、恨んでるでしょう?」
何も言わずに出て行ってしまった私の事を…
「いや…恨んでなんかいないよ。きっと、俺が…」
言葉に詰まって、下を向き、足元の落ち葉を眺める隼人。
「きっと、俺が、あのまま結花を追いかけても、今みたいな幸せを与えてやることは出来なかっただろうしね」
そう言って、美咲の頭をポンポンと優しく叩く隼人。
彼に頭を擦られて、見上げた美咲が嬉しそうに微笑んでいる。
彼と別れてすぐに結婚した。
彼がこの事実をどう理解しているかはわからない。
だからといって、それを問う勇気もなかった。
それは、彼にとっては余りにも衝撃的で残酷な現実だろうから。