今夜、七星で Yuusuke’s Time <COUNT1>-2
ぐだぐだ考えながら電車を乗り継ぎ、新宿三丁目の地上へと降り立つ。
そこから5分も歩けばネオンに彩られた界隈の一角、雑居ビル1F「Bar 七星」(シチセイ)だ。
オーナーがセブンスターを愛煙していたから、なんて話も嘘か真か。
大学時代からバイトを続けている俺は、もう勤めて5年目突入である。
裏口から入り、着替えを終えてホールに立つ頃には時計は6時半を回っていた。
開店は6時。
まだ空席の残る店内も、夜も深まる頃には賑わいを見せるだろう。
お酒だけじゃない、音楽と料理を楽しめるのが売りの七星。本日、金曜のメインは二台のグランドピアノによる連弾だ。
お洒落だけどリーズナブル。七星に集まる客はカップルと仕事帰りのOLが多い。特に今日、金曜日は至る所カップルだらけだった。
背筋を伸ばし常連さんに声をかける。にこりと笑いかけると見知った顔が紅色に染まる。
カウンターもテーブルも色とりどりに着飾ったオネーサン方が手をひらひらと振っていた。
その中で一際笑顔がキュートな、髪をくるくると大きく巻いた愛らしいヒト。
俺の金曜日のオトモダチ、樹里(ジュリ)さんだ。
「お決まりですか?」
軽く頭を下げて伝票を持つ。樹里さん、今日はお友達と一緒らしい。
杏色に照らされた髪、洗練されたスーツにダイヤ柄の黒いストッキングが女の色気を漂わせていた。
「あ、ユースケじゃん。えっとね、キール・ロワイヤル2つ」
「かしこまりました」
相変わらず樹里さんはカッコイイオネーサンだ。
カウンターに入ってるバーテンダーの八代さん(ヤシロ)の目の前にカシスリキュールを滑らせて、細長いフルート(シャンパングラス)を2脚用意する。
「キール・ロワイヤル」
そう言うだけで八代さんは解る。俺が厨房から料理を運ぶ間に、深い赤と沢山の気泡が宝石の様なキール・ロワイヤルが出来上がっていた。
「お待たせ致しました」
樹里さんのテーブルにまわると、既に頼んでおいたらしいサラダが並んでいた。
「ねえ、今日はカウンターに入らないの?」
赤い唇が挑戦的に笑う。七時を回った店内は八割近い満席率だ。
八時からゲストによるピアノ演奏が始まる。回転も速くなってるだろうから、八代さんのサブにまわったほうが良いかもしれない。
「みんな忙しそうよ?」
金曜は客が多い。
全員フル出勤で臨んだが、店長が厨房に入ってしまったために流れが悪い。ホールでオーダー待ちのボーイとか、ラインがもたもたしてるから八代さんも機嫌が悪い。
……俺がやれってか?