私の存在証明@-4
私達は普通の家族だった。
何を基準とし普通とするのかは分からないけれど、お父さん、お母さんそして二人の愛情に包まれ育った私。三人家族で笑顔の絶えない家庭だった。
きっかけ、というと少し齟齬がある気もするけど、すべての始まりはお父さんの事故だった。唐突にお父さんは交通事故で死んでしまった。
悲しんで、泣いて、叫んで。
一ヶ月経った頃、お母さんはお父さんの事も、私の事も忘れていたのだ。
それが、お母さんの中で唯一の非情な現実から逃げる方法だったのかもしれない。
お父さんが死んでしまった悲痛な思い。
こんなに悲しい思いをするならすべてなかったことにしてしまえばいい。
お母さんの記憶の中では、そもそもお父さんと出会ってすらいなくて、結婚・出産・育児すべてを無かったことにしていた。
お父さんの事を忘れて、私を存在しない事にして。
それがお母さんの選んだ逃げ道だった。
説明を終えると同時に、俊博さんは声を荒げた。
「そんなのって!……でも実際生活はどうしてたんだい。食事とか学費とか色んな所で保護者が必要だろうし」
「そういったのは去年亡くなったおばあちゃんがしてくれました。先のことも見据えて色々手配してくれていたので、心配はいりません」
おばあちゃんがいたのは聞いていたのか、俊博さんはそこで漸く納得したのか頷いた。
「病院には行ったのかい?何か治療法があるかもしれない」
「一度行きました。でも、散々暴れて情緒不安定になったのを見て、それきりです」
「でも遥香ちゃんはそれじゃ駄目だろ?」
「私は大丈夫です。私がいてもいなくても何も変わらないですから」
そう言ったっきり、空気が沈んでしまった。
夕日が沈み、闇が浸食を始める頃には誰にともなく席を立ち始める。
「送るからちょっと待ってて」と俊博さんは言い残して、駐車場へと姿を消した。
奏太と二人きりになっても、特に何も話すわけでもない。もう全てを話した。どう思われたかはわからないけれど、この場にこれ以上いる必要はないと思った。
「私、一人で帰れるから。俊博さんに宜しく言っておいて」
奏太に返事も聞かず言い捨てて、そのまま歩を進める。
「なぁ!」
奏太の声が聴こえた。私は構わずに背中を向けて足を早めた。
「あんた、まるで自分が存在しない人間みたいな言い方するのな」
振り返る事はなかった。でも、心の中で答えた。
『正解だよ』
私は此処にいないようなものだもの。
お母さんは私が見えている。けれど見えない振りをしてる。
勝手に取り込まれる洗濯物、閉まる窓、減る食材、片付く食器。それらを見ても疑問を抱かない。
現実から目を逸らして、見なかったことにしてるだけなんだ。
『お母さんに無理矢理思い出してもらうのは止めようね。大丈夫、遥香は此処にいるよ。おばあちゃんはちゃんとわかっているからね』
それが今は亡きおばあちゃんとの約束だった。
寂しかったけど、事故の後憔悴したお母さんの様子に私は頷くしか出来なかった。
平気だった、否、平気だと思ってた。
でもおばあちゃん。
おばあちゃんが死んじゃったら、私の存在を証明してくれる人はいなくなっちゃったよ。