最後の嘘をあなたに-1
ピ・・ピ・・ピ・・ピ・・
心電図の音だけが病室に響く。
私は気持ちよさそうに眠っている紗耶香の髪をそっと撫でた。
紗耶香が倒れたのは一週間前だった。
急いで病院に飛んでいって、医師に話を聞くと…白血病だった。
あんなに元気だったのに。
何でうちの子がっ…?
そんな思いがこみ上げてくるが、一番辛いのは紗耶香だ。
紗耶香はまだ6歳。
幼い紗耶香に病気を告知するのは余りに酷だと思い、私は夫や医師と相談して、紗耶香には病気の事を隠し通すことにした。
「紗耶香、のど渇いた?何か飲む?」
『ううん、大丈夫だよ。お母さん。』
こんな日常の中でも、ふと涙がこみ上げてくることがある。
私は潤んだ目を隠すようにして紗耶香に笑いかけた。
「もうすぐお家に帰れるからね。帰ったらみんなでツリーに飾り付けして、クリスマスのパーティーしよう。」
『やったぁ!』
下がらない熱で汗をかいた体を拭いてやりながら、私達は温かな時間を楽しんだ。
日に日に弱っていく紗耶香の体。
今日も熱が38℃を超えてなかなか下がらない。
紗耶香の不安をぬぐい去ってやるためにも、私は楽しい話ばかりをした。
お正月はおばあちゃんの家でゆっくりしよう。
スキーにも行こう。
春になったら桜を見に行こう。
例えこれが叶うことのない嘘の約束でも紗耶香が喜んでくれるなら十分だ。
12月20日、紗耶香はこれまでにないくらい穏やかな様子だった。
紗耶香のためにりんごを剥いてやっていると、後ろから紗耶香がぎゅっと抱きついてきた。
『お母さん、ありがとね。』
「えっ何が?」
『…ううん、いつもあたしのお世話をしてくれて。』
「当たり前じゃないの。私はあなたのお母さんなんだから。」
そう言って私は笑った。
その夜、紗耶香の様態は急変した。
熱が40℃を超え、ゼェゼェと苦しそうな呼吸を繰り返す。
今日が最後の日だ。
なぜだか分からないがそう確信した。
もうこれ以上この子を苦しめてはいけない。
私は紗耶香の手をぎゅっと握った。
そうして涙こらえて最後の嘘をついた。
「紗耶香、ほら外はもう雪がたくさん降ってるよ。明日一緒に雪だるま作ろう?だから今日はゆっくりおやすみ…。」
途中から声が震え、うまく喋れなかった。
それでも紗耶香は苦しげな表情の中に、微かな笑顔を浮かべて目をつむった。