Stealth Last-1
中華街。
戦前、様々な事情で日本に渡って来た中国人が、コミュニティを築いた街。通りの入口にある朱色に塗られた鳥居のようなモノが、場所の特徴を象徴して見える。
通りに面した数々の店は、料理店や食材、雑貨など、およそ中国に関連したモノが売られていた。
そこから2ブロックほど奥まった場所にある某所。張り出した軒に、日差しを遮られた昼なお薄暗い路地が続く。
長屋のように連なる建物のいたる場所に、ジャンキーとおぼしき人間が地べたに座っている。
店屋が並ぶ通りを明とするなら、ここは中華街の暗の部分か。
そこに恭一の姿があった。
五島と作戦をねり直した翌日。彼は、ある人物と会うためここを訪れていた。
「…久しぶりだな。ここも…」
恭一は前方を見上げた。その先で突然に長屋は途切れ、路地は広い道に変わった。大きな門と塀に守られた白亜の豪邸が現れた。
恭一は門のそばにあるインターフォンを押した。ほどなく女性の声がスピーカーに響いた。
「…どちら様です?」
「松嶋恭一と申します。李さんにお目通り願えますか?」
「少々、お待ち下さい…」
待つ事5分。先ほどの女性の声がスピーカーを鳴らす。
「李氏がお会いになるそうです」
電子音とともに門がわずかに開いた。恭一は中に入ると門を閉じて屋敷へと向かった。
「どうぞ。こちらです」
巨大な玄関には、先ほどインターフォンに出た女性が待っていた。恭一は、軽く会釈をして彼女の横をすり抜け屋敷に入った。
広い廊下に飾られた陶器の数々。1世紀は経つと思われる白磁や青磁は、数百万円はくだらないだろう。
「こちらです」
廊下を抜けて通された部屋は一転、洋間だった。ビィクトリア調の装飾が施された壁や天井、大理石の床に重厚感漂うソファが置かれている。
「李氏は、すぐに参りますから」
そう言って女性が出ていくと、入れ替わるように男が入って来た。
白髪頭を短く刈込み、ふくよかで血色のよい顔。割賦の良い体躯は、中華料理の店主のように見える。
その目を除いては。
李海環。65歳。ここ、中華街をとり仕切る大班(頭)。そればかりか、大陸(中国)の人民解放軍との繋がりや、ロシア高級官僚と結ぶ太いパイプから、武器売買を生業としている。
「久しぶりですね。松嶋さん」
李と呼ばれた男は恭一に挨拶すると、ソファに腰掛けるよう促した。
「李さんも、お元気そうで何よりです」
恭一はソファに腰を沈めた。
李が表情を緩める。
「その風貌といい目といい、あの頃のままだ。やってる事は大分違うようですが…」
李は恭一の“以前”を知るひとりだった。
恭一が肩をすくませる。