Stealth Last-17
「ところで美奈…」
恭一が美奈に訊いたのは、ようやく彼女の話が途絶え自宅付近に差し掛かった時だった。
「…な、何?」
恭一の口ぶりに、妙に構えてしまう美奈。
「今の清掃の仕事、どう思う?」
「…どうって…」
「楽しいか?」
途端に美奈の顔が華やいだ。
「うん!すっごい楽しい。皆んな、良くしてくれるんだ!」
「そうか…」
恭一は、美奈の笑顔を見て目を細める。
「実はな、清掃会社の社長に会ったんだ。そうしたら、おまえに残ってもらいたいって言ってるんだ」
「社長さんが…?」
「ああ。おまえみたいな娘、なかなか居ないって言ってたぞ。
そこで、オレも考えた!」
にっこり笑う恭一。だが、美奈の方は“ウラに何か有る”と、不安な顔をする。
「おまえをクビにする事に決めた!」
「エエッ!」
「ウチに来てる時は遅刻ばっかりだったおまえが、今じゃ掃除婦のリーダー的存在だそうじゃないか?
しかも、本人も楽しいと言ってる。だったら、世の中の役にたつ方に譲るべきだろ?」
恭一は、慈愛溢れる目で美奈を見た。
「…本当に良いの?」
美奈は半信半疑のようだが、瞳は涙で濡れていた。
「…私ね、最初はイヤだったんだけど…タケ…広野さんや仲間に囲まれて仕事をやってるうちに…楽しくて…裏切れなくて…カプセル入れるのも…本当はイヤで…」
感極まった美奈は、嗚咽を漏らし心情を語った。
「…もういいよ…」
優しく声を掛けた恭一は、内ポケットからぶ厚い封筒を取り出して美奈に渡した。
「退職金だ。100万入ってる。半年間、良くやってくれたな」
「…そ、そんなに貰えないよ!」
美奈は半ベソのまま封筒を返そうとする。が、恭一は無理やり美奈のポケットに押し込んだ。
「気にするな。おまえが初めて迎える人生の門出だ。もう、おまえはひとりでも大丈夫だ」
赤くなった目を擦り、照れ笑いを浮かべる美奈。
「…じゃあ貰っとく…恭一さん、ありがとう」
「オレの方が感謝したいぐらいだ。おまえの演技は、オスカーにノミネートしたい位だったよ」
美奈は自宅前で降ろされた。遠ざかるルノー4を見つめながら、彼女は恭一の最後の台詞を考える。
しかし、
「オスカーにノミネート…?オスカーって何?」
美奈は考えるのを諦めて自宅へと向かった。その表情は晴れやかだった。