光の風 〈回想篇〉中編-19
「あの、皇子…。」
「その少女、名前はライムで間違いないか?」
レプリカの言葉を遮るようにカルサは確認した。まるで余計な気遣いはいらないと言っているようにも聞こえる。
「はい、彼女は自ら名乗っておりました。」
自らは何とでも名乗れる、普段なら頭の片隅に置く程度で信じる事はなかった。しかしカルサは深い碧い瞳に覚えがあった。もし彼女が本物であれば。
「水の力を使っていたか?」
反射的にレプリカは聞き返した。
「御剣相当の力の持ち主であれば、おそらく間違いない。」
カルサの話を聞いている間に記憶を振り返る。確かに彼女は水を操り、御剣相当とも言える程の力の強さが感じられた。
「はい。水の力を操り、御剣相当の強い力の持ち主でした。」
レプリカの答えは聞く前から分かっていた。目を閉じ全ての事実を受け入れる。
何故こんな事に、何故こんなにも。この身も心も全てバラバラにされても足りない程の感情を与えていくのだろう。
脳裏に甦る記憶は懐かしくも苦しい、今はただ愛しむ事さえも許されないものと化してしまった。
「そうか。ライムはこの時代のこの世界に生きていたんだな。」
優しく響く声が尚更胸を締めつけた。どれほど声を張り上げて泣き叫び、もがいたところで何も変わりはしない。それでも叫びたかった。
しかしその感情を超えた感情が、全ての動力を奪ってしまった。
何故か笑ってしまう。震える深呼吸をすると、カルサは呟くようにレプリカの問いに答えた。
「彼女はオレの婚約者だ。」
あまりに躊躇する事無く告げられた真実にレプリカはすぐに反応出来なかった。頭の中で整理が付かない。
「え?」
もう一度聞く為に口にした訳ではない。頭の中で抱えきれない感情を一度吐き出す為に無意識に出た言葉だった。今までの情報が一気に繋がっていく。
ライムという少女の背景が明らかになってきた。
「まさか、あの力は!」
1つの糸に繋がった瞬間見えたものがある。
カルサは少し伏せ目がちに遠い目をしていた。何も言わず何も答える気はなかった。そんな彼を見ていられない。
本来なら泣き叫び、抱えきれない感情を吐き出してしまいたいに違いないだろう。彼はそれが出来ずに全て内側に秘めていた。
そんな彼を目の前にしながら頭の中で組み立てられていくピース。事の複雑さと残酷さが明らかになり、いつしかレプリカの目には大粒の涙が浮かび、こぼれ落ちるのに時間はかからなかった。