光の風 〈回想篇〉中編-13
本当の名は。
「セリナ。」
まるで自分の世界から全てを遮断したように何も聞こえなくなった。何を見ていても何も見えていない。手足の感覚さえ不確かだった。
それは一瞬にも永遠にも近い感覚で、全てが無だった。
「陛下。」
瞬間的に小さく吸った息から再び時計は動き始める。深く震えるようなため息を吐くとカルサはかろうじて音になった声で応えた。
「なぜ、偽名を使った。」
思い出をよみがえらせ、愛しむように答える。
「彼女を守る為に。」
「誰から?」
追い立てるようにカルサは言葉を返した。知りたい、ただその思いが前へ前へと気持ちを、身体を動かそうとする。それは痛い程レプリカには伝わっていた。
「全てからです。」
それが全てだった。
「陛下、どうか二人になれる所へ移動下さいませ。ここではお話できません。」
ゆっくりと自らの体を起こし、動く意思を示した。
「お察し下さい。」
強く訴えかける眼差しはカルサを捕らえて放さなかった。
「それは承知の上だ。」
カルサは女官に声をかけ、レプリカを移動させるように命じた。レプリカを乗せたベッドは紅奈の部屋へと運ばれ、彼女は紅奈のベッドに寝かされた。
二人を残し女官や兵士達は部屋を後にした。
「紅奈さんは?」
最初にレプリカが口を開いた。立ったままのカルサは椅子をベッドの近くに寄せて座った。
「行方不明だ。」
レプリカの目が大きく開く。やがて全てを悟ったかのように目を伏せた。
「お前の傷は癒えたはずだ。後は体力さえ回復すれば問題はない。一度は命も危ぶまれたものの、助かって良かった。」
思いがけない言葉に驚いたが、首を横に振り真っすぐにカルサを見つめた。
「いいえ、貴方様のお力でございます。どれほど感謝してもしきれません、皇子。」
皇子、それは彼女の口からは聞き慣れない言葉だった。次第に緊張感が漂い始める。
レプリカはゆっくりと体を起こし、頭を下げてお辞儀をした。