電波天使と毒舌巫女の不可思議事件簿 ―文化祭編―-13
「あっ…」
倉本先輩が、ふっと立ち止まる。
視線の先には、扉の開放された二年の教室。飾り付けを見ると喫茶店らしい。
「……入ろ、倉本さん」
仲町先輩が、背中を押す。この練り歩きの意味を仲町先輩は気付いたのかもしれない。
「…………」
しばらく躊躇していたが、決心がついたのか、堅い面持ちで扉を潜る。
「うわぁ」
アキが思わず感嘆する。真琴も同じだった。
「先輩のクラス、コスプレ喫茶なんですか」
「……うん、まあ」
ウェイターとウェイトレスはそれぞれが違うコスプレをしていた。メイドやゴスロリやアニメやファンタジーのコスプレをしている人が十数人はいて、なんというのか、異世界に紛れ込んだかのようだった。
「こういうのが苦手なら、体操服とかでもいいらしいんだけど。どうしてもダメなら裏で厨房スタッフに回ればいいし」
異世界に紛れ込んだかのような、という表現を使えるのは、教室の内装がガラリと変わっているせいもあるだろう。飾り付けも、ここが教室とは思えないほど凝っていた。
「……参加してないのよ、私」
「……どうしてですか?」
真琴の問いに、耳たぶをいじりながら、やはりどこか投げやりに。
「必要ないでしょ、私なんか。コスプレ似合わないし、飾り付けも厨房も、私は要らない」
「…………」
投げやりで臆病で、自分を過剰に貶める。
クールに見えた態度は、臆病さの裏返しなのか。
「演劇部だってそうでしょ……私なんて要らない」
チラッと、アキの方を見る倉本先輩の目には……羨望とか嫉妬とか、そういうのを超えた、諦めがあった。
「どうして時間を止めたんですか?」
努めて自分の声に、感情が混じらないようにした。
――先輩と自分は、何処か似ている。
「……さあね。ただの嫌がらせかもね?」
「嘘です」
嘘だと分かる。だから真琴は言い切る。
〔現象〕は、そんな簡単に起こせない。
〔意志〕がなければ、起こせない。
「本当は、参加したいんじゃないんですか? 自信がないとか、ひねくれてるとか、色々ありますが。先輩に足りないのは、一歩前に出る勇気です」
――でも、そんな勇気は出ない。怖いのだ、どうしようもなく。自信がないというのは、つまりそういうことだ。
「時間が欲しかっただけじゃないんですか? 一歩前に出るための」
一歩前に出るか出ないか。決断を、先延ばしにする、そのために、時間は止められた――
「意味ないですよ、こんなこと」
真琴は吐き捨てる。
「いくら待っていたって、決断出来ない。自分から飛び込まないなら」
真琴の言葉は、事実であるからこそ、冷たい。分かっているが、《自分はこういう言い方しか出来ない》
「…………」
倉本先輩も仲町先輩も、アキも、みんな黙っていた。
「……どうしますか? このまま突っ立って、ずっと時間を止めておきますか?」
「真琴……」
アキの心細い声が、耳に痛い。
「……倉本さん」
仲町先輩が、何かに気付いたかのように、倉本先輩に説く。
「去年のこと、気にしてるの?」
「……!」
去年。一年の真琴達は知らない。
だけど、仲町先輩の言葉を肯定するように、倉本先輩の顔が歪んだ。
「気持ち、分かるって言えないけど。……倉本さんのせいじゃなかった、それはみんな知ってると思う」
「…………」
「気付けなくて、ごめんなさい」
「……別に」
倉本先輩が、ようやく口を開いた。
「周りが悪いなんて――思っちゃいないですから」
声は震えて、心細そうで、どうしようもなく寂しそうな、そんな姿が、真琴の何かに触れる。
「私が、悪いですから」
倉本先輩は――泣いていた。
真琴は声をかけれない。そんな資格、自分にはきっとないだろうから。