青空の下で-3
「おばちゃんって、ドキンちゃんに似てるね!」
我が子の失礼な発言に、慌てる中島の嫁。
しかし、山田の妻は巨体を揺らしながら豪快に笑うだけで、機嫌を損ねた感は少しもない。
(アンパンマンのほうに似てないか?)
中島は、心の中で娘にそっと呟いてから声を上げた。
「さあ、出発するぞォ!」
健太郎のクラクションを合図に、それぞれの車は目的地目指して軽快に発進した。
途中に車を止め、人気のない林道を20分ほど歩いた場所に目的の地があった。
「わあ、綺麗!」
「おお、いいねえ」
一行の眼を奪う、美しい樹林に縁どられた流麗な渓谷。
汚染されていない水質は透明色で、どこまでも澄んでいる。
ときおり見られる魚影が、子供達を大いにはしゃがせた。
大人6人子供7人の団体が、それぞれに歓声を上げながら水流の緩やかな場所まで走っていく。
大人達はすぐに、ゆったりとした河川に軽量のフォールディングテーブルを設置し、憩いのスペースを作りはじめた。
燦燦と降り注ぐ太陽の日差しと、煌びやかな水面の美しさが子供達をはやしたてる。
全裸になって真っ先に川べりへ向かったのは、丸い体をした山田の子供達であった。
他の子供達もつられて次から次へと後につづく。
「こら、あんた達! 危ないから気をつけるんだよ!」
山田の妻が雷のように叫んだ。
ショートの髪をクルクルにまいているパーマ姿が、なんとなく奈良の大仏をイメージさせる。
健太郎と中島は、互いに眼を合わせて微笑した。
無邪気にはしゃぐ子供達とは別に、早速ビールを呑みだす大人たち。
アルコールに弱い真理子も、このときばかりはビールが美味いと感じた。
日頃のストレスが身体の内側から浄化されていくような、そんな環境に心もスーッと開放されていく。
空気とはこんなにも美味しいものだったのか、ここにいる誰もが同じ気持ちであろう。
「おっ、コマドリだ!」
双眼鏡を覗き込んでいた山田が、ふいに声をあげながらデジカメを手にした。
「あちゃ〜、山田のバードウォッチングがはじまっちゃったよ」
「あら、山田さんって、バードウォッチングが趣味だったんですか?」
「ええ、そうなんですよ。いいですよ〜、鳥は。あっ、あれはコマドリと言って……」
山田の長い野鳥談議がはじまった。
ハット帽に隠れた瞳をわずかに細めた真理子は、聞くんじゃなかったと、いまになって後悔した。
隣へ座り、滝のような汗を噴き出しながら懸命に説明を繰り返す山田。
健太郎と中島は、捕まってはかなわんとばかりにグイグイとビールを飲み干し、すぐさま浅い水流ではしゃぎまわっている子供達のほうへ互いにダッシュした。