夏の終わりにB-5
「…続きは、後にしましょうか…」
陽光が窓に射しかかる頃、篠原はようやく表情を緩めた。今日はいつもより長く、既に2時間近く経っていた。
篠原は皿に残った顔料や筆を溶剤で洗い、帰り支度を始めた。私は、イスに掛けた服を着ながらキャンバスを覗いた。
淡いブルーのバックに、白に近いベージュが私のスケッチに塗られていた。
「その色が決まらなかったのよ」
篠原は、やや困った表情を私にむけた。
「…でも、ボク、こんなに色白じゃ…」
「それは下地なの…今から色を重ねるのよ。それに、あくまでイメージだから」
そう答え、篠原は使い古した布製のカバンに画材を詰め込んでいく。その動作を、私は、ただ黙って見ていた。
すると、
「ショウ君さぁ、何食べたい?」
「エッ?」
突然の不可解な言葉。私はポカンとしていた。
「だから、今日の晩ごはんよ」
少し照れた篠原の表情。私は、それを見ただけで、胸の鼓動が速まった。
「…なんでも良いです…」
心から出た気持ちだったが、篠原には気に入らなかったようだ。
「“なんでも良い”が1番困るのよ…」
「本当なんです。先生の作ってくれるモノなら…」
「…上手ね…もういいわ」
篠原は頬を赤らめた。私には信じられなかった。今の彼女は、いつもの大人ではなく、愛理と同じような“女の子”のようだ。
途端に、私には彼女が、憧れから身近な存在に見えた。
「その絵を持ってきてくれる?」
私は言われるまま、キャンバスを抱えた。準備室を出て校舎を出ると、日は既に沈み空は薄暮に変わっていた。
「さあ、乗って」
クルマのトランクにキャンバスを収め、私は助手席に乗り込んだ。
「じゃあ、スーパーに寄るから」
篠原はそう言うとクルマを発進させた。
「さぁ、着いたわよ」
助手席から見つめる先には、10階建てほどのマンション。その側の立体駐車場にクルマは止まった。
私はクルマを降り、両手に荷物を持って篠原の後を付いていく。篠原は、キャンバスだけを大事そうに抱かえている。
「こっちよ…」
マンション裏口から中に入ると、すぐにエレベーターに乗り込んだ。