飃の啼く…最終章(後編)-34
「出来るのだろう…蛇族の中でも名の聞こえた貴方だ…」
村のものは、固唾を呑んで成り行きを見守った。
「出来ぬことは無い…だが、いま、戦場には再び澱みの正気が立ち込めておる…無傷ではすまぬぞ…おそらくは命を落とすやも知れぬ」
覚義は頷いた。照善が声をあげる。
「何故じゃ!お前は…」
「全て聞いていたんだよ…あの小娘が言うこと、全て…」
覚義は、一瞬物思いに沈んでから言った。
「わかったのだ。私が助けられたのは、このためだったのだよ。もし死んでも、悔いは無い…」
油良は頷くと、池の周りの人を遠ざけた。
「覚義…」
遠巻きに見守る人垣の中から、照善は小さく彼を呼んだ。覚義は振り返ると、控えめに微笑んだ。
「…また、いい将棋仲間を見つけろよ」
油良の準備が整った。彼はもう一度坊主を振り返ると、
「じゃあな。照善」
その一言を残して、池に身を躍らせた。
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「さくら!!」
飃が屋上に到着したのは、ちょうどその瞬間だった。
呆然とする黷と、呆然とするゆう。その間に横たわるさくらだけが、全てを理解しているようにうっすら微笑んでいた。
「嘘だ…」
飃は自分が声に出していることにも気付かないまま言った。そしてさくらの元へ駆け寄ると、その体を自らの腕に抱いた。
「さくら…さくら…!」
かすかに息をしている彼女の命が、つきかけているのは明らかだった。言うべき言葉が、感じるべき感情が見つからない。何故という思いだけが、洪水のように押し寄せてくる。
「つむ…じ…」
何故自分を犠牲にしたのだ、何故澱みを護ったのだ、何故己は間に合わなかったのだ…何故…!何故、そんなに綺麗な顔で、微笑むことが出来るのだ!?
「あいしてる…」
温かい血が、静かに口から溢れた。
「は はははは ははははははは!」
黷の笑い声が、虚ろな空にこだました。龍たちが開いた雲は再び暗雲に塞がれ、空気が泥沼のように重く感じられた。すべての音を掻き消す耳鳴りが響き、黷の言葉一つ一つが地響きを生んだ。