飃の啼く…最終章(中篇)-16
「…何だぁ?」
追いついた彼は、海辺に妙なものを見つけた。白っぽい塊が、海を覆っている。いや…あれは氷だ。流氷のように、海の表面が凍っている。カジマヤは迷わずその氷の上に飛び降りた。すると、今まで立っていたコンクリートの下に、海に下水を流すための大きな排水孔があった。大人でもらくらくと立ち上がれるようなその四角い穴のなかに、狗族や妖怪たちが何人もひしめき合って座っていた。
「あーっ!!」
「しぃーっ!!!」
叫ぶ彼の口を、白い手が塞いで中に引きずり込んだ。
じたばたと暴れるカジマヤに、さっきの小さいものがわめきながら彼の脛をちくちく突っついた。
「この不届き者!」
よく見ると、その小さいものは大勢居て、しかも皆、武士の格好をしていた。
「いや、待て井守達…これは敵じゃないぞ」
誰かが声をあげた。侵入者が狗族だということが分かると、井守と呼ばれた小さい武士達は攻撃をやめ、中にいた他の者達も緊張を解いて静かにため息を漏らした。
しかし、カジマヤの口を塞いだ手は、ひんやりとしているというレベルではない。氷を当てられたような痛みを伴う冷感に、カジマヤは別の叫び声を漏らした。
「んーっ!」
ほとんど涙目の彼の訴えにようやく気づいたらしい人影は、ようやくその手を離した。
「お、悪ぃ!」
危うく、カジマヤの口を凍傷にしかけた相手は、口とは裏腹な悪びれない笑顔で掌を振って見せた。見慣れない挑発的な格好だが、その白さと手の冷たさから間違いなく雪女だと分かる。
「ひゃひひゅんひゃよ!」
本当は“なにすんだよ”と言いたかったのだが、口の中が凍えて言葉にならない。へへへと笑う雪女は、完全に面白がっているようだった。
「カジマヤ…!」
人垣の中から聞こえた声に、カジマヤは口を暖めるのも忘れて振り向いた。
彼の兄が、傷だらけではあったが、生きて、五体満足でそこに立っていた。カジマヤは、兄の元へ文字通り飛んでいった。
「ヤッチー…!」
それまで堪えていた涙が溢れ出した。兄はそんな弟をしっかり抱きしめ、くぐもった、小さな鳴き声を聞いてやった。
「よくやった、よく生きていてくれたな…!」
頷いて顔を離すと、鼻水が綱渡りのロープのように兄の服と自分の鼻の間に伸びた。
感動的な光景に思わず涙ぐんでいた周りの戦士たちも、これには笑いを堪え切れなかった。結局のところ、オレって三枚目なんだなぁ、とカジマヤは心の中で思って、一緒に笑った。