StealthA-1
「え?今日はもういいんですか?」
「ああ、特に急ぎもないし…たまには早く帰って休みなよ」
高鍋の仕事を受けた翌日、恭一は美奈を先に帰して自身はヤボ用が有るからと、ひとりオフィスに残っていた。
「遅いな…」
恭一は腕時計を見つめた。針は夜の7時を示していた。それから10分もした頃、おもむろに入口ドアが開いた。
「何なんだ?こんな時刻に呼び出しやがって…」
男が現れた。
日焼けした顔にスキンヘッド。耳には幾重にも飾られたピアス。ダボダボのトレーナーにジーンズ。その姿は、ひと昔前までサウスブロンクスやハーレムにいたストリート・チルドレンのような装いだ。
五島英文 31歳。情報機器のエキスパート。
そう言えば聞こえは良いが、やってる事はハッキングによる情報収集に、機械を使った盗聴、盗撮を生業としている。
恭一が五島と知り合ったのは、3年前、彼がまだ“前の職業”の時だった。
「…すまないな」
恭一は五島を招き入れると、ソファに座るよう促した。
「オマエが呼ぶんだ、当然、仕事の話だよな?」
五島は、ソファにドッカリと腰掛けると恭一を睨め付けた。対面に座った恭一も五島を見返した。
「当たり前だ…ただ、これはオレひとりじゃ無理なんだ。だからオマエの力を貸してもらいたい」
五島は恭一を見てニヤリと笑った。
「聞かせてもらおうか」
「ターゲットは播磨重工ビル、その最上階、電算室にある専用コンピュータに収められた技術データ……」
恭一は先日、高鍋から受けた仕事内容を些細なことも漏らさず五島に伝える。
その間、五島は伏し目がちに姿勢も崩さない。一見、眠っているようだが、その実、全神経を集中させる時にみせる彼のクセだった。
「……内容は以上だ」
恭一の言葉が止んだ。五島はしばらく俯いていたが、やがて顔を上げると訊いた。
「報酬は?」
「1,000万」
五島がピュウと口笛を鳴らす。
「破格だな…ただ、ちょっとおかしかねえか?」
「おまえも、そう思うか?」
「ああ、いくら盗みだすのが難しいとはいえ民間企業のデータだろう。それに1,000万って……!」
その時、五島の表情がみるみる変わるのを恭一は見逃さなかった。
「…おそらく、おまえの推測通りだよ」
自信あり気に恭一が答える。
「だったら、盗みだした途端に“ズトン”なんて事はあるまいな?」
五島は人差し指をこめかみに当てるジェスチャーを見せる。