StealthA-8
恭一は続けた。
「いいか。今夜7時、最寄りの地下鉄駅に来い…7時だぞ」
電話は切られた。今田は混乱した頭のまま受話器を元の場所に置いた。すると、異様が気になった乾が傍に立っていた。
「どうしたんだ?今田君」
「…部長、いえ…何も…」
「何もって、顔が真っ青だぞ!」
「…それが……お、叔父が…」
今田はなんとかその場をごまかした。
(…どこから漏れたんだ…奈津子か…しかし、奈津子はオレが借金があるのは知らないはずだし…)
ディスプレイの一点を見つめながら今田は考えた。どこから情報が漏れたのかを。しかし、いくら考えても結論は出なかった。
夜7時、地下鉄〇〇駅。
今田がホームへ降りて行くと、ちょうど帰宅時間帯と重なり、人で溢れかえっていた。
今田は階段から一番奥のベンチ付近に立った。ここならホームへ降りて来る人間すべてが見渡せるからだ。
ところが、
「今田郁己さん?」
「…!」
真後ろから声が聞こえた。
今田が振り返ろうとすると、
「こっちを向くな!」
低く、通りのよい声が動きを制した。昼間掛ってきた電話と同じ声。
「…誰…なんですか…あなたは?」
「あんたの事なら何でも知ってる人間さ」
帰宅ラッシュの喧騒としたホーム。周りは普段と変わらぬ時間が流れる中、恭一と今田だけ違う時間を過ごす。
2人は今、背中合わせで会話していた。
「今田さん、ひとつ私に協力してくれませんか?」
「どういう意味です?」
「簡単です。あなたの会社の技術データが欲しいんですよ」
「なんですって!」
思わず大声を出す今田。すぐに口をつぐんだが、通り過ぎる人々の視線が集まる。
「あのビルの最上階、電算室に置かれたアクセス出来ないコンピュータに収められたデータ…それが私の狙いです」
「…そんな…あれは我社の最高機密です…」
小さく首を振る今田。恭一はなおも追い込んでいく。
「あんたが借金の返済に追われながらも、生活出来るのは播磨重工の社員だからだろ。
もしクビにでもなってみろ…その翌日から、路頭に迷う事になるんだぜ」
恭一の言葉を聞く今田は、ただ、うなだれていた。
「…ほんの10分ほどの協力でいいんですよ。しかも謝礼は100万…」
恭一は小さな紙きれを今田のポケットに突っ込んだ。
「連絡先です。明日までに連絡を下さい」
ちょうどその時、昇りホームに車輌が入ってきた。
「くれぐれも変な気を起こさないように…」
それだけ言うと、恭一は足早に車輌へ駆け込む。今田は背を向けたまま、しびれたように動けずにいた。
今田から恭一の元へ連絡が入ったのは、翌日の午後だった。