StealthA-7
「…ねえ、今度はいつ会ってくれるの?」
「そういって…先週は2度も会ったじゃないですか…奈津子さん…」
屋上へと続く非常階段。普段誰も来ない場所に男の声が響く。
「あまり頻繁に会ってると、バレてしまいますよ…」
男の弱気な態度に、奈津子と呼ばれた女性は語気を強める。
「何よ!あなたそんなに主人が怖いの!」
「…お、落ち着いて下さいよ。奈津子さん」
「何だったら2人の関係をバラしてもいいのよ!私、別れる覚悟は出来てんだから」
「…と、とにかく、また連絡しますから…」
男はなんとか奈津子をなだめると、携帯を切って非常階段を駆け降りた。
午後3時。男が戻ったのは播磨重工研究所ビルの7階にあるR&D(研究、開発)設計部だ。
「今田君、ちょっと来たまえ」
今田と呼ばれた男は、席に戻った早々、上司である乾直人に呼びつけられた。途端に彼はバネで弾かれたように席を離れると、乾の前で直立不動の姿勢で立った。
「今田君、腹でも下しとるのかね?」
「…はあ、今朝からちょっと…」
「休み時間でもないのだから、手短にすませたまえ。ちょっと長すぎるぞ」
「申し訳ありません」
今田は深々と頭を下げると乾に背を向ける。
(何言ってやがんだ…人の説教する前にテメェの嫁さんの心配でもしてろってんだ…)
デスクに戻ると、1本の内線電話が入った。
「はい、こちら説教部、今田」
相手は受付の女性からだ。
「…松嶋という男性から外線が入ってますが」
「用件は何と?」
「…それが…融資の件だとか…如何致します?」
あちこちの消費者金融から借金している彼には、幾つか思い当たった。
「分かりました。継いで下さい」
“カチャ”という接続音の後、男の声が聞こえた。
「…今田…郁己さん…ですね」
「そうですが…」
それは今田が初めて聞く声、恭一の声だった。
「あなたに是非、手伝っていただきたい仕事がありましてね。報酬は100万。どうですか?」
いきなりの話に今田は理解出来ない。
「…あなた、いきなり何言い出すんだ?」
恭一は声のトーンを落とした。
「博打で借金だらけのうえに、上司の女房と不倫しているおまえに選択肢はないんだよ」
今田は絶句した。受話器を握る手は震え、全身が熱くなり汗がふき出す。それは傍から見ても異様なほどだ。