StealthA-10
数日後。夜のアイ・オフィスに恭一と五島の姿があった。
「いよいよ明日、実行する」
恭一は静かに、しかし力強く言った。
「作戦開始は午前0時ごろ、今田がビルの外に現れてからだ」
彼が考えた作戦は実にシンプルだった。今田によって電算室に潜り込んだ後、五島の用意したパソコンでデータを盗み取るというモノだ。
「パソコンは?用意できたのか」
恭一の言葉に、五島はそばに置いたダッフルバッグのファスナーを開いた。
「最高性能のやつだ」
バッグから取り出したノートパソコンは、メーカー品と比べて無骨で重厚な形をしていた。
「CPUはパラレル・ドライブ仕様。こいつより速いやつは無い」
「いくら掛ったんだ?」
「これだけで軽自動車が余裕で買えるくらいだ」
五島は得意気な顔だ。
「ヨシ、後はすり合わせだ」
それから40分ほど、2人は細かいディテールに及ぶまでお互いの意識を共通させようと、すり合わせを行った。
「じゃあ、明日の午後10時に…」
すり合わせを終えた五島が立ち上がり掛けた時、
「ひとつ言い忘れた…コレを持っていってくれ」
そう言って恭一はテーブルの上に、練り歯磨きチューブのようなモノを2本置いた。
「除毛クリームだ。それで全身の毛を取り除いてくれ」
「なんだって?」
意味が分からない五島は、口調を強めて問い質す。
「体毛から身元がバレるのを防ぐためだ」
恭一はそう前置きすると、言葉を続ける。
「あそこのデータがオレ達が考えているモノなら、警察は必ずオレ達にたどり着く。
その時、体毛が現場にあったら、DNA鑑定で身元がバレちまうだろ」
五島は、いつの間にか前のめりになって話を聞いている自分に気付いた。フーッと息を吐いてソファに沈み込むと、マールボロを取り出し火を点けた。
「…分かった。今日にもやっておく」
「頼むぞ」
2人の男は、心地よい緊張感を漂わせていた。
その窓の外では、いつもと変わりない怠惰な世界が流れていた。
作戦当日の昼過ぎ、恭一は仕事を終えた美奈を迎えに来た。
「誰だい、ありぁあ?」
恭一を見た掃除婦仲間から恋人と勘違いされてからかわれるが、本当の事を言うわけにもいかず、苦笑いでゴマカシていると、
「ありゃあー嬢ちゃんにゃ合わないよ。止めときな」
広野が言った。
「タケさん、どうしてダメなの?」
「ありゃまともな人間じゃないね。どこか、ヤクザな感じだ」
(…すっご〜い!タケさん当たってる)
美奈は仲間と分かれると、恭一の待つルノー4へと駆けて行った。