飃の啼く…最終章(前編)-3
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人間二人と通信を終えた油良の肩には、疲労がどっと押し寄せた。つるりとした顔を覆うも、絶望は癒えるどころか一秒ごとに重みを増して彼の心を苛んだ。
彼は立ち上がり、水鏡の置かれた部屋を出た。外には、知らせを待ちわびる幾つもの目があった。ほとんどが戦うことの出来ない子供や老人だった。戦いの前のほんの短いひと時とは言え、皆さくらに優しい言葉をかけ、またかけられたものたちである。特に子供達は、この知らせを悲しむだろう。
「油良様」
どうしても彼に付いてくると言って聞かなかった、蝦夷に住む狸狗族、朔が口を開いた。
「どうだったの?」
大人たちは油良の表情を見て何かを察したようだった。子供達も期待はしていまいが、これほどのことを話さなければならないのは気が滅入った。
「八条さくらと、震軍大将飃が…戦死した」
そのどよめきは村中に広まり、その場にうずくまった者も少なく無かった。
―死んだ?長柄の使い手、救世主の二人が、死んだ?どうやって?何故?
口にされる質問に返す答えはどれも、絶望をかき立てる要素にしかならなかった。
「震軍は、本軍とは別行動を取っていた。その…孤立したところを澱みに囲まれて…なにしろ澱みに数の限りは無い。助けに入るものも次々に倒れて…」
「嘘!」
その声には、漲る自信がこめられていた。村人が一同に朔を見た。
「そんなの嘘!さくらと飃様が死ぬわけ無い!」
その傍らに立っていた覚の覚義が、聞き分けの無い子を諭すように肩に手を置いた。
「朔、あの二人だって万能というわけではないのだよ」
小さな少女はその手を振り払った。
「僕、信じない!さくらは炎の中からだって帰ってきたんだから!通信係は人間なんでしょ?そいつらが聞き間違えたんだ!」
さらになだめようとする覚義の声を振り切り、周りの狗族をかき分けて、朔は駆けていってしまった。彼女の涙を止められるものは居ない。油良はもう一度、残った群衆に語った。
「もう一度いう。八条さくらと、震軍大将飃は戦死。しかし、他軍の大将はまだ生きていて、澱みと交戦中じゃ。希望を捨ててはならぬ。戦いは続いておるのじゃからの…我らはここで祈ろうぞ」
油良を見上げていた顔が、一つ一つ俯く。
「戦うものには武運を、逝くものには、清き風となり無事に故郷に還らん事を」
しかし、その村に還ってくる風は、まだなかった。