夏の終わりにA-1
翌日、昼前に私は学校を訪れた。グランドから見えない場所から校舎に入り、美術室につながる階段を駆け上がる。
「…失礼します」
指定された美術室となりにある準備室のドアを軽くノックして開いた。むせかえるような校舎の熱気とは対象的に、画材独特の匂いを含む冷気が私を包んだ。
「中に入ってドアを閉めてね」
「あ…はい」
篠原の声に、私は慌てて中へと入りドアを閉めた。途端に外から聞こえる夏の喧騒はシャットアウトされた。
所狭しと並んだキャンバス画や彫刻など、教材を収めた棚の間をすり抜けると奥へと入り込んだ。
「いらっしゃい、時間ぴったりね」
机に腰掛ける篠原は、そう言って微笑みを湛えて私を見つめる。その身体にフィットした淡い色のスーツ姿が、とても艶やかに見えた。
「体調は?もういいの」
「は、はい!もうすっかり大丈夫です」
気遣いに私は即答した。すると彼女は、“そう、良かった”と微笑み掛ける。その表情は慈愛に満ちたモノだった。
「ところで…あなたに頼みがあるのよ…」
そのひと言を放った途端、先ほどまでの目が慈愛から妖艶に変わるのに私は気づいた。
豹変に不安が、そして、反する期待が湧き上がった。
「…頼みって…何ですか?」
「あなたにね、絵のモデルになってもらいたいの」
「エエッ!…モデルに?」
あまりの突拍子も無いことに、私はすっとんきょうな声をあげてしまった。
「実は、さ来月に絵画コンクールがあって、来月末までに出展しなきゃならないの」
篠原の話では出展数は5点のつもりで、他の4点は決まったがどうしてももうひとつが決まらない。そこで考えたのが私だったそうだ。
「…何故、それがボクに結びつくんですか?」
問いかけに篠原は、思いを一気に吐き出した。
「アナタを主題にしようと思った時、色々なイメージが浮かんだの!アナタしかないの、お願い!」
「…でも」
「ね!〆切まで後3週間しかいのよ」
「…は、はあ…」
私は躊躇いながらも受け入れた。これまで、篠原に懇願されるなど無かったのと、自身、自分をモチーフにされた絵画を見てみたいと思ったからだ。
「…わ、分かりました。でも、部活もありますから」
私の返答に篠原は和いだ顔を表すと、
「大丈夫!あなたの練習が終わってから1時間くらいで良いから。明日から来て…」
「…じゃあ、明日から」
私との条件に了承して約束を交わした。
(でも、モデルったって…何をやるのか…)
篠原のとんでもない依頼に、私は彼女に受けている辱めさえ忘れて学校を後にした。