冬の観覧車(第一話)-1
仲良しだった隆二とサクラに裏切られたことが分かった次の日、
僕は片道五百六十円の切符を手に、改札口を出て電車に乗った。
一両だけの、ちいさな電車。乗客は僕と、七十台半ばくらいの老婆が一人。
老婆は、駅のホームが寒すぎたせいで、赤い頬をしている。
大切な宝物みたいに、カイロを握り締めている。
視線を窓の外へ向ける。電車がゆっくりと走り出す。
街を抜ける頃になると、景色は一面の雪景色に変わる。
僕は冬眠する熊について考えることにする。
正直に言って、熊なんてどうでもいいのだけれど、
なにかどうでもいい事を考えなくちゃいけない、そんな気分だった。
目的地まで辿り着くまでの一時間くらい、僕は熊について考えてみたり、
雪について考えてみたりした。月にはウサギがいるのだろうかとか。
そうこうしているうちに、僕は目的地に辿り着く。小さな駅だ。
老婆は気持ちよさそうに眠っていた。
あの婆さんは死んでいるんですよ、と誰かに言われたら、
あっさりと信じてしまいそうなほどぐっすりと眠っている。
ストーブの前の猫みたいだ、と僕は思った。
駅でバスを待ちながら、煙草を一本吸った。
十一時十五分だった。太陽は頭上でぽかぽかと照っている。
電車に乗る前に比べると、幾分か暖かくなっている。
人々は、もしかしたらこんな気分のいい日には、
ショッピングやなんかに出かけるのだろうなと僕は思う。
そして、夜がやってきたら、恋人たちは情熱的なセックスを楽しむ。
その後で、ぐうぐうと天国の住人みたいに眠るのだ。
気づけば、サクラの事を考えていた。
彼女の隣で眠るのが好きだった。
彼女の感じる顔を見るのが好きだった。
その顔を見ながら、ゆっくりと彼女の中に沈み込んでいくのが、大好きだった。
でも、もう彼女は居ない。
彼女は僕だけを置いて正しい世界へと向かって歩いていってしまった。
僕がどれだけ求めても、もう手の届かない場所へ行ってしまった。