冬の観覧車(第一話)-5
気づけば彼女の動作を目で追うようになっていた。
気づけば、彼女の表情から、その感情を読み取ろうとしていた。
そして、最終的には彼女の心の中に僕という存在を植えつけたいと望むようになった。
僕の中で、すくすくと成長を遂げる彼女の存在みたいに、僕もなりたいと。
自覚したときにはもう手遅れだった。朝から晩まで、ほとんど僕は彼女のことばかりを考えて過ごした。
僕は彼女の頬にそっと口付ける。愛してる、と心の中で呟いてみる。
枕元の棚の上には目覚まし時計が置いてある。
小学四年生の時に祖母からもらったものだった。
その隣にはサクラの愛用するメンソールの煙草があって、僕はそれに手を伸ばした。
煙草をくわえ、火をつけるが、なかなか上手くいかない。
火をつけながら息を吸い込まないとならないことを、勿論僕は知らなかった。
試行錯誤の末、なんとかちりちりと音を立てて煙草が灯る。
息を吸い込むと、部屋がぽっと一瞬明るくなる。
その明かりに僕はいい気分になる。
けれども、吸い込んだ煙は僕の体のなんだかよく分からない場所に入り込み、僕はむせる。
咳をする。喉が痛む。激しく咳が出る、それと、少し涙も。
「何してるの?」僕の咳のせいで目覚めてしまったらしい。サクラは寝ぼけた声を出す。
「ごめん。起こしちゃったね」まだ少し咳き込みながら、僕は言う。「煙草、吸ってみたんだ」
「初めて?」
「うん」
「美味しい?」
「よく分からない」僕は正直に言う。
「そうだよね。よく分かんないよね」
「サクラも? 美味しいかどうかよく分からないで吸っているの?」
「そうだよ。なんで吸っているんだろうね。分かんない。
でもいいんだ。私のおじさんがね、言ってた。
世の中はよく分からないことでできているって。
なんで仕事をしているのかも、なんで生きてるのかも、全然わかんないって。
考えても分からないからもう考えるのやめちゃったんだって。
だから、私も考えすぎないようにしてるの」
「なるほど」
「ジン君、はじめてだらけだね」サクラは寝起き特有の少しかすれた声で言う。