月の裏側で逢いましょう-5
「私、家に行ってみようかと思うんだ」
「そっか一緒に行こうか?」
「ありがとう、でも一人で行くよ」
初めて行く彼の家。
思えば私は彼の事を何も知らなかった。
家族構成、血液型、誕生日。知っているのは月が好きだってことだけ。
今だって、連絡網便りに家を探してる。
「この角の先、と……」
彼の家らしき場所の手前で人影が見えた。
心臓が跳ねる。けれど段々近づくとそれは私の思い人の影ではなかった。
「……先生」
「来ると思ったよ……学校じゃ話せないからな、ほらあっち行くぞ」
そう言って先生は、近くのファミリーレストランを指差した。
奢るぞ、と笑う先生は何故かいつもの軽快な姿とは程遠い。
「あいつの家族の事知ってるか?」
時間帯の所為か、空いた店内。BGMがやけに大きく聴こえた。
先生の声は何時もよりトーンが低い、私は首を横に振った。
「そうか、じゃあDVって言葉知ってるか?」
テレビで聞いた事はあるけど、私の生活には無縁の言葉。
「……一応ドラマとかで」
「そうか。家庭内暴力、虐待。あいつはずっとそんな環境にいたんだ」
私の頼んだジュースはメロンソーダ。
飲まないまま盛られた氷が崩れて、場に似合わないカランと軽やかな音が響いた。
「あいつの長袖の下、痣だらけなんだ」
長袖の秘密。聞けなかった答えは、私の望んだ人物とは違う唇から紡がれた。
先生は知りうる全てを教えてくれた。
彼の家は、彼と両親の三人家族。
幼い頃から、酒に酔った父親の行き過ぎた躾、暴力が彼の身に降り注いだ。
そして母親も夫である父親から、謂われない暴力に傷付いていた。
勿論、周りの大人達はそれを放置していた訳じゃない。
相談所などを通じて、避難を呼びかけたけれど彼は首を縦には振らなかった。
逃げるなら母親も一緒でなければならないと、頑なに拒否をした。
母親は一種の依存のような状態で、夫から逃げなければいけないけれど、堕落した夫を一人には出来ないと堂々巡り。
彼の必死の説得に、漸く母親が頷いたのが数日前。そして昨日、夜逃げ同然の母子の引っ越しになったという。
「新しい住所が教えれないのは、父親がお前らの家に場所を教えろって聞きに回ったら迷惑掛けるからだってよ」
俯いたまま何も言えない私に先生は優しく説明してくれた。
「なぁあいつの気持ちを汲み取ってやってくれないか?」
私はその問いかけに、頷くことしか出来なかった。