月の裏側で逢いましょう-4
「ありがとう。じゃあね、睦月さん」
出来ればもう少しだけ喋りたかった。あわよくば夏休みに遊ばない?なんて誘いたかった。けれど真夏の夕日が差し込む暑い教室内で、彼の言葉が何故か冷たく感じて、それは遮断されてしまった。
「あっうん、じゃあまた明日ね!」
教室を出て、静かな廊下が少し不気味で走りだす。
振り向くことはなかった、明日もまた会える筈だから。
翌日、心なしか浮き足立った雰囲気の教室に彼はいなかった。
「おはよ!かおちゃん」
「おはよー睦月、もう聞いてよぉ」
話を聞きながら、荷物を机に直す。
ヒラリ……
その時、机の中から一枚の紙が私の足元へと舞い降りる。
昨日彼に渡した筈のピンクの便箋だった。中には彼の字で一文。
「……つきのうらがわでまってます」
ただ、それだけ。
透かしてみても、紙には彼の整っているけど少し跳ねが大きい字だけ。
彼が来たら意味を聞いてみようと私は思った。
けれど結局その朝、彼の席が埋まることはなかった。
遅刻なんて一度もしたことのない彼。
かおちゃんと一緒に心配していると担任教師が挨拶もせず、開口一番に彼の名前を出す。
「えー突然だが、転校することになってな」
教室内がざわついた。
「急にごめんなさい、と本人も言っていた」
上手く理解出来なかった。転校という言葉に、呆然とする思考回路。
不意に彼の言葉が蘇る。
『じゃあね睦月さん』
彼は昨日、またねとは言わなかった。
かおちゃんが離れた前の席から振り返って、口の動きで聞いてきた。「知ってた?」と。
私は首を横に振る。それを見てかおちゃんは先生に話しかけた。
「あのっ!先生新しい住所とか聞いてませんか?」
「悪いな、新しい住所は教えれないんだ」
「そんな……」
目の前が真っ暗になるっていうのを初めて体験した。
明日から待ちわびた夏休みなのに、校長の挨拶も、連絡事項も何も耳に入らない。
「睦月、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
私は精一杯笑顔を作った。
きっと不自然な笑顔だっただろうけど、かおちゃんは何も言わずにいてくれた。