『異常気象』-2
「無いんだろ、傘。」
「……?!」
声に驚いて、あたしの思考は停止した。
僅かに見上げると、不自然な程に無表情な彼と、視線がぶつかった。
「え…、まぁ……。」
必要以上にどもってしまい心の中で苦笑いしていたあたしを尻目に、自動ドアの開く音と共に彼が傘を広げる音がした。
「ほら。」
何の味気も無い、紺の無地の傘。
早くしろと言いたげな眼に促されて、あたしはその傘に入った。
何メートルか先を進む派手な柄の傘から、僅かにさっきの女子社員の振り返った顔がこちらを見た。
「…凄い雨だな。」
「この辺は降らないって言ってたのにね。」
「最近はそんなのあてにならないから、持って来た。」
「………。」
「………。」
傘を持つ彼の手を見て、2週間ぶりのそれからなんとなく目をそらせないでいる。
駅までは、徒歩約7分。
別に、このまま沈黙が続いても構わない。
だけど、早く7分経ってほしいような、経ってほしくないような……この混沌とした焦りは何だろう。
「…あのさ。」
「何?」
雨が勢いを弱めた。
「俺、仕事大好きって訳じゃないから。」
「………。」
そんなの、分かってた。
「…お前も分かってたと思うけど。」
「………。」
分かってたわよ。でも、だから……、
「だからお前、あの時最後まで言わなかったんじゃないのか?」
左を見ると、まっすぐ前を見据えた彼の横顔があった。
…駅は、もうすぐそこに迫っていた。
『仕事とあたし、……どっち、が………!!』
あの時そう口に出した瞬間、すごく悔しくなった。
これを言う女にはなりたくなったのに。
どっちが大事かなんて、問うなんて馬鹿だと思ってたから。
こんな問い、男にとって一番嫌な物だって分かってたのに。
せめて最後まで口にしてしまう前に、自分から去った。