祭囃子の夜-1
夏休みに入ってからまもなく、数日で暇を持て余した私は母の実家がある田舎の村へとやってきた。
一人ではなく、傍らにはベンチでバスを待つボーイフレンドの姿もあった。
私もだが、彼も祭りといった馬鹿騒ぎに目がないタイプだった。故に告白してから、二人の仲を深めるまで時間はさほど掛からなかったのである。まあ、馴れ初めなどについては割愛させて貰おう。
「二時間に一つか。田舎って感じだね」
彼氏が、時刻表を見つめながら感慨深く呟く。
木切れを組んだだけの、雨よけに作られた掘っ立て小屋の下にベンチが置かれた簡素なバス停。いや、私達が住む街には雨よけさえないところもあるのだから、まだ良心的だと思う。
「ごめんね、いきなり祭りに行こうなんていいだして」
私は一つに纏めた肩まで伸びる黒い髪を振り向かせ、周囲の景色に見とれる彼氏に謝る。
祖母が住む田舎で祭りがあると知ったのは今朝のことで、彼氏を誘ったのも今朝という唐突さ。今までにも、思い立ったが吉日、と言わんばかりにデートなどに誘ったことも多々あり、彼氏もこうした展開にはなれきった感があった。
「うん? 別に良いよ。こうやって、古めかしい祭りに行くのも久しぶりだから。それに、毎日が同じで暇だったからね」
私の謝罪に彼氏は苦笑を浮かべる。
高校生にもなり、小中学校のように面倒な宿題もなくなった私達は、夏休みという長期休暇で手持ち無沙汰になっていた。
バス停で待つこと数十分、やっとバスがやってきた。灰色の無簡素な車体。何とも田舎らしいではないか。
バスが祖母の家に近づき、最寄のバス停に止まる。
歩いても十分程度の距離だが、一年前のお盆に訪れた頃と全く変わっていない。
「さぁ、早くいこっ」
私は彼氏を祖母の家まで案内し、祖母に挨拶も程ほどに祭りへ行く準備を始める。
時刻は五時を過ぎ、祭りが始まるのは六時を過ぎたくらいだ。別にゆっくりしていても構わないのだが、なぜかその日の私は妙に浮かれていた。
彼氏を平屋建ての家の部屋へ閉じ込めて置き、シャワーで汗を流す。
体と髪が乾いたら、祖母に髪を結って貰う。舞妓さんみたいな堅苦しいものではないけど、おめかし程度に頭の後ろに団子を作って髪留めで止める。
そして、薄い桃色に金魚をあしらった浴衣。今日のために新調した、と言ったら彼氏は喜んでくれるだろうか。
浴衣を着て、浮かれ喜ぶ私を見る祖母の笑顔が恥ずかしい。でも、そんなことも気にならないぐらい私が浮かれていたのは確かだ。
「準備は出来……」
奥の部屋から姿を現した彼氏が、私の姿を見るなり口を噤む。
「へ、変かな……?」
「……ッ」
私のちょっと小恥ずかしい問いかけに、彼氏は慌てて首を横に振り回す。
期待していた言葉はない。けれど、それだけで彼氏の言いたいことは分かった。
付き合い始めたのが高校の初めだから、かれこれ三ヶ月の関係になる。口下手な彼氏だけど、思っていることが顔や行動に出る。
ちなみに、どこまでやったのかと聞かれれば、キスを数回と深いのを一回。
もしかしたら、今日はそうした期待があったからかも知れない。
「それじゃ、いってきま〜す」
六時を前にして、私達は祖母の家を出る。
もう、祭りの会場から祭囃子が響いていた。