飃の啼く…第24章-22
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血にまみれた彼女は、大きな実験体2体を相手に戦っていた。呼吸は落ち着いている。目はしっかりと、相手の挙動を捉えている。
飃が、研究者たちの張ったふざけた結界を―力に任せて―畳ませてから、彼らの目を覆うものは無くなった。飃は研究者たちに、最後までこの戦いを見ることを命じ、自らも黙って彼女の戦いを見た。
光に人格があったら、彼女のような人間になるのだろう。自分の中の何かを削ってでも、闇を照らさずにはおれない。夜の闇でも、暗黒でも、奈落の底の闇でも、彼女が降り立てば、たちどころに暴かれる。真っ直ぐに進み、ふとした瞬間、信じられないほどの美しさを見せる。激しい熱を発することも出来れば、心慰める灯火となることもある。
さくらが猛々しい声を上げ、物言わぬ実験体が、また一つ倒れた。振り向きざまに、もう一つの実験体の胸を貫き―剣を抜いた。
顔にかかる血を、拭うでも避けるでもなく、彼女は最後の一体が倒れるまで、飃たちに背を向けたまま立ち尽くしていた。
見つめる狗族たちは言葉をなくし、おのおのが、何かに震えていた。恐怖か、感銘か、或いは後悔か。飃やさくらには分かる由も無い。
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頭がぼうっとしていた。血の匂いはあまりに濃くて、身体についた血は骨まで浸透したようだった。
「ありがとう」
小さな声がしたほうに目を向ける。
横たわる実験体たちの身体に比べると、とても小さな体を半ば起こして、彼女は言った。
「ありがとう。彼らの囚われた心と、魂を解き放ってくれて」
彼女が、次になんと言うかはわかっていた。見上げる瞳に痛いほど宿っている。期待が。
「どうか、次は私を―」
「やだ!」
悔しくて、体中がじんじんする。彼女は困ったように間をおいてから、もう一度、言った。
「お願いです」
「いや!」
彼女は私が握り締めた手に、自分のを重ねた。とても儚げに、振り払われるのを怖れるように。