The kiss and the light-34
「お前は、前よりもずっと美しいな、友よ」
男は両手を広げた。飆をその手に抱くことを望んでいるかのように。飆は、空気を震わせて伝わった男の音を打ち消すように目を閉じて、ゆっくりと言った。
「俺は、死ぬべき時を知っている」
「羨ましいなあ、羨ましい、おまえ」
男はけたたましく笑い始めた。狂気に潤んだ目は飆の姿を捉えたまま。そして、何もかも分かっている。お前は私のところにやってくると、そう言いたげに腕は開かれていた。
「私はずっと待っているのだよ!」
「…何をだ?」
男は、くっと笑って、人差し指で天を指した。
「神が私を殺す時を」
虚ろな倉庫に、その声は響いた。何処にも行き場の無い祈りが、空っぽの部屋に出口を見出せずに死んでいった。表情を見せなかった飆の顔が、不意に歪んだ。
「なら殺してやる」
飆は言った。笑いがこみ上げて仕方が無かった。
「殺してやるよ!!」
炎が咆哮をあげて、目の前の男のもとへ走った。炎は男の立っていた場所を確かに捉えた。しかし、その炎を飲み込んで、青い炎が飆に向ってくる。
「火遊びがしたいのか、ワァアァァル!!」
狂ったような高笑いが、倉庫にこだまする。腕を交差させて防いだものの、今のでかなりの“守りのタトゥー”の力を使い果たした。
「お前の父親は、今頃墓場の中で歯噛みしていることだろうよ!せっかく、代をまたいで追い詰めた宿敵に、不遜の息子は手も足も出せないのだからな!」
飆は腕を振って、感覚を振り出しに戻した。
「安心しろ、お前は脳だけ抜き取って、その身体のまま私の操り人形にしてやるから!」
飆の手が、炎をまとう。風を捲き、一息に間をつめる。
「何故美桜を殺した!何故女達を殺した!」
打ち付ける一撃を、受け止められるたびに火花が散る。
「汚ないからさ!」
「何だと…?」
まるで手ごたえを感じない打撃の応酬に、男が距離をとって力を貯めた。
「私の神が創る世界には、女など必要ない!」
見る見るうちに、男の手が変色していく。黒く…濁った透明な何かが男の手を覆う。
―あれは…あれは澱みの…
「女は、その穢れた身体にはらむしか能が無い…そのくせ、生んでしまった後もその呪縛で我々を取るに足らない人間に縛り付けておこうとするのだ!」
男の手を覆う黒いものが、次第に獣じみた大きな鍵爪に変わってゆく。身体に見合わないほど巨大化したそれを引きずりながら、男がこっちに走ってきた。