The kiss and the light-19
足跡は、雨に洗い流されたように消えていた。聞き込みに聞き込みを重ねても、新しい情報は一つも出てこない。毎日あっという間に日が暮れ、焦燥感だけが残った。
飆の家に戻ってくると、自分の家ではないのに何故か安心感があった。実家だってたまに居心地が悪いし、やけに無防備な感じがするというのに、この空っぽな部屋が、今はどこよりも堅牢な砦のように感じられた。いつものように砦の窓のカーテンは引いてない。そこから見える風に追い立てられて雲も薄かった。
「今夜は変身しないの?」
「狼男が変身するのは満月の夜に決まってるだろ」
たとえそう決まっているとしても、問題は知っているかどうかだ。日本人の何パーセントが知っているか統計を取ったものはいないだろうが、半分には満たないなと中谷は思った。
「でも、昨日は満月じゃなかったじゃない」
「へえ、気付いてたのか」
中谷は眉をひそめて彼を見た。まさかそこまで見くびってるわけじゃないんでしょ、とでも言いたげに。
「俺の血の半分は狗族だから…狗族は自由に二本足と四本足の間を行き来できる」
「ふーん」
飆が差し出したマグカップに顔を近づける。彼はエセ英国人かもしれないが、紅茶の味は本物だった。
「貴方以外にも、沢山居るの?」
「今日はやけに知りたがるな」
中谷は肩をすくめた。
「別に…知らないことばかりだって、思い知らされちゃったからさ」
気弱なところを見せたような気がして、中谷は付け足した。
「それに、あたしは警官なんだから。知らないことをそのままにしておくなんて我慢できない」
彼がその強がりをどう思ったにしろ、真面目に答えた。
「沢山居る。人間界で力のある組織には、たいてい潜んでるよ。あくまで表には立たないが、きっと警察にも居るんだろう」
実際に何人の狗族が警察をはじめとする国家機関に所属するか教えたら、中谷は卒倒するんじゃないかと思って飆は本当のことは言わずにおいた。
「はぁ、よくそんなことが可能だね?戸籍は?」
「言っただろ。戸籍を作り出すのなんてお手の物だ。電子化しようと、法が改正されようと、青嵐会に出来ないことなんか無いさ」
中谷は身震いした。
「それだけの権力を持ちながら、人間世界の乗っ取りを企まないのは何故?」
生徒に物を教える教師の気分って、こんなものかと飆は思った。