純白の丘-5
「あのね、これなんだけど。」
手にしていたものは、前俺が明日香にあげた使いさしの香水だった。
「これ、優斗君に返すね。」
「えっなんで?」
嫌われてしまったのか、もしくはさっきの男子が好きで邪魔だからなのか?理由を聞こうとすると、看護婦さんが入ってきて手術が始まると連絡しにきた。
皆に励まされながら、明日香はベットに横たわったまま、手術室に連れて行かれた。
「お連れの方々はこちらの方に。」
案内された部屋は、広い部屋でテレビと自動販売機がある待合室だった。
皆それぞれのソファに座り、仲のいいもの同士小さな声で話している。
それから何時間たったのだろうか。何も考える事ができなかった。
ただ、明日香から返された香水をじっと見ている事しかしてない。
やっぱりだめだったんだな。そうだよな。俺みたいな奴が、明日香みたいな子と付き合えるはずないよな。
もうどうでもよくなっていた。
看護婦らしき人が部屋に入ってきて、手術が終わり明日香を病室に搬送した事を伝える。
皆それを聞き安堵の表情を浮かべ、病室に向かった。
がしかし、俺一人だけは違う方向に歩きだしていた。
気が付くと一階の待合フロアの片隅に座っていた。
土曜日のせいか休診の為患者はこのフロアにはほとんどいない。
それから何時間も一人座り続けた。涙まで流れてきた。
別に告白したわけじゃないのに、失敗したわけじゃないのに。
辺りが暗くなりかけたころ遠くからスリッパの音が聞こえてくる。
あわてて涙をふくと、そのまま下を向いていた。
スリッパの音は次第に近づきやがて前を通り越して隣に座った。
よく考えるとおかしい。こんなに広いフロアなのにわざわざこんな近くに座らなくても。
ふと顔をあげ隣を見ると思いもよらない顔がこちらを見て笑っていた。
「優斗君だよね?」
何も言わずに黙っていると、
「やっぱり優斗君だ。やっぱ何年も見てないと随分大人らしくなってた。」
「明日香・・・。」
明日香が隣に座っていた。人の手も借りず一人で来たのだから目が見えてるのだ。
「やっと、会えたね。優斗君。」
「・・・・・。」
「私、目見えるよ。優斗君だって分かるよ。」
見ると明日香は目に涙を浮かべていた。
何を言ったらいいか分からなかったけど、俺は必死に口を開く。
「そうか。良かった。」
「うん。あのね、目が治ったら一番最初に優斗君を見ようと思ってたのに。探したよ。」
「そうなんだ。」
「ちゃんと伝えたいことがあるの。私ね。優斗君とこの先もずっと一緒にいたいの。」
すごく嬉しい言葉のはずなのにひっかかる部分があった。
「じゃあ、なんで俺があげた香水。返したの?」
「目が治った時に、やっぱり何年も見てなかって優斗君を見付けられなかったから嫌だから、優斗君がいつもつけてる香水の香りを覚えてすぐ分かるようにしたかったの。それをちゃんと説明しようとしたら、手術の時間になっちゃったから。」
「そっか・・・。」
「今までみたいに一緒に帰ったり、今までできなかった事を二人でしていきたいの。私、優斗君が好きだよ。ダメ?」
俺はそっと腕を明日香の肩に乗せ近付かせた。
「ううん、ありがと。そばにいるから。手術疲れたろ?今はゆっくりお休み。」
待合フロアで、優しくアクアブルーオムの香りが二人を包んでいた。
end