夏の終わりにA-5
「ごめん…ありがとう」
私はそう言うと身体を起こそうとした。だが、うまく立ち上がれずにヨロけてしまった。
「あっ、コーチが無理に起きるなって。もうしばらく休んで身体が普通になったら、今日は帰れってさ」
太田は〈ゆっくり休んでろよ〉と言い残すと保健室を出ていった。
壁に掛った時計は午後2時を指している。私は時間を逆算すると、倒れて10分程度しか経っていないのを理解した。
ぼうっと天井を眺めていると、徐々に覚醒していくのが解る。
午後2時半前、私はベッドを立ち上がると、身体に異常が無いのを確認出来たので、挨拶して帰ろうとした。
その時だ。保健室の扉が開いた。視線をそこに向けると、篠原が息を切らせて立っていた。
「倒れたって?いったいどうしたの」
「…先生……」
私を見つめる彼女は、いつもと違い私を心配しているようだ。
「…どこか悪いの?」
「…いえ…熱中症で倒れて。…でも、しばらく休んだら、もう良いみたいです」
「そう…」
その時見せた篠原の表情を私は忘れない。それは、母親のような慈愛に満ちた笑みだった。
───
夕方前。自宅に帰りついたが、誰も居なかった。
「汗でベタベタだ…」
冷たいシャワーで身体を冷やそうと、バスルームに向かった。何気なくドアーを開けた瞬間、私は驚いた。
そこには、一糸纏わぬ姿で愛理が立っていた。
日に焼けた肌から落ちる玉のような水滴、わずかな胸の隆起に華奢な身体。
その姿は一種、繊細なモノのようで、私は声も出ずにジッと見つめていた。
愛理は無表情で私の方へと近づいた。そしてドアノブを掴むと、思いっ切りドアーを引っぱった。
私は、そこでようやく我に返った。
「…ご、ごめん!わざとじゃないんだ!」
だが、中からは何の反応もなかった。私はなおも強く謝る。
「エリッ!悪かった!なあ、返事してくれよ」
しばらく謝っていると、愛理はいつものキャミソールに短パン姿でバスルームから出てきた。
そして、私をジロリと睨み付けて自室へと消えていった。