がんばれ!松本くん-1
俺は今日、彼女に55回目の告白をする。
机の中に手紙を入れ、放課後中庭に来てほしいと伝えた。多分今頃、彼女は俺が来るのを待っているはずだ。俺は奥歯を噛み締めて教室を出る。
「まーつもと!まーつもと!」
廊下に出ると、同級生数人が声援を送ってくれた。
「頑張れよ!今日こそ中澤さんのハートをゲットしてこい!」
「俺達がついてる!」
野郎の暑苦しい熱気に少し疎ましさを感じながら、俺は中庭に足を向けた。
「中澤さん、俺……君のことが」
「ああ、もういって」
中澤さんは頭をボリボリと掻きながら俺と目を合わせようとしない。俺は念のため、もう一度言ってみた。
「最後まで聞いてほしい。俺は君が」
「シャラーップ!」
あまりの剣幕に俺は固まった。
「もう腐るほど聞いたんだよ。今日で47回目だ!47!」
中澤さんは目を驚く程開かせながら指で4と7の数字を繰り返す。誤解のないよう言っておくが、中澤さんは正真正銘女の子で、とてもおしとやかな人なのだ。汚い言動や暴力を振るう事なんて決してない。
「お前のネチネチしたお喋りにあたしは47回も付き合わされたんだ」
「あの、55回目です」
「うるせえ!」
みぞおちに回し蹴りが入る。一瞬『死』が頭を過ぎった。
いや、今のは少し訂正しよう。中澤さんはSなのだ。俺のような軟弱な男を見ると堪らなくS心が――。
「ああ!お前今日こそぶっ殺してやる……毎回毎回あたしの机の中に気持ち悪い手紙入れやがって!」
中澤さんは鬼の形相で俺に突進してくる。これはマズイ。このままでは俺に明日はない。
「ま、まま待って下さい!俺に……あ、いや、私にチャンスを下さい!」
中澤さんの殺気が消える。俺は土下座したままゆっくりと口を動かす。
「私は本気で中澤さんが好きなんです。だからどうか、私にチャンスを下さい」
静かに頭を上げると、中澤さんは片手に握りしめた木刀を肩にかけ、俺を睨みつけていた。そして小さく鼻で笑う。
「いいだろう。お前にチャンスをやる」
「本当でございますか?」
自分でも情けなくなるこの上下関係。しかし仕方ない。彼女を好きになってしまったのだから。
「学校を出て右にずどーんと曲がって、更に左にばこーんと折れて、突き当たりの煙草屋をもう一度どこーんと右に曲がった所にメルヘンなケーキ屋がある。そこのモンブランを買ってきたら考えてやってもいい」
中澤さんは笑顔で俺を見つめる。これは本気だ。中澤さんが本気で俺を奴隷に……あ、いやいや、彼氏候補として考えてくれている。
俺は勢いよく立ち上がった。
「待っていて下さい。すぐに買ってきますから!」
俺は中澤さんに一礼して、すぐさま指示されたケーキ屋へと駆け込んだ。