がんばれ!松本くん-6
宇美野が連絡してくれたお陰で婚約者のお父さんとはすぐに接触できた。指定された夜7時に喫茶店で待っていると、黒で統一された怪しげな男二人組が現れた。
「松本さん?」
一人の男が素っ気なく俺に尋ねる。
「社長の所までお送りさせて頂きます」
そう言って、店の前に止めてある黒のベンツに俺を押し込む。
異様な雰囲気が漂っている。重苦しい。俺は本能的に自分の身の危険を感じていた。
暫くすると、薄暗い廃墟ビルの前で車は止まった。電気は点いてるものの、明るい気配が全く感じられない建物だ。
「上に社長が居ますんで」
そう言って男二人は俺を車から引きずり出す。
『極竜会』
そう書かれた看板が扉の前に掲げられていた。背筋が凍る。竜の全てを極めた人達がこの中には集まっている……いやいや、全てを極めた竜がこの中に眠っているのか。 俺はため息をついた。くだらない事を言うのは止めよう。ここではそんな冗談、きっと通用しない。
男の一人が扉を開けた。
「お頭、連れて来やした!」
男が頭を下げながら俺を部屋の中に突き飛ばす。
「わしの娘になんの用や」
机に足を乗せながらソファで寛ぐ男はおもむろに俺の方を見た。どう見ても竜愛護団体の会長でもなければ、竜そのものでもない。人として怖いオッサンだ。
「何もありません!来てみただけです!」
勝手に口が動いた。
「来てみただけやと?わざわざ迎えに来させといて来てみただけ?」
歯がガチガチと音を起てる。いくらマゾの俺でもこの怖さは耐えられない。あ、ちょっと待て!俺はマゾじゃない、ちょっと虐められるのが好きなだけなんだ。恐怖のあまり余計な事をカミングアウトしてしまう所だった。
「おい、聞いてんかい!」
「ああ!すみません!自分がマゾかどうかについて考えていました……」
「なんの話じゃ?お前わしをナメとるな」
お頭は眉間にしわを寄せてソファから立ち上がる。
「ご、ごめんなさい!これには色々と訳がありまして……話せば長くなるんですが」
「じゃあ簡単にせえ」
お頭の剣幕に脅され、俺はパニックに陥る。
「え、えっと……モンブランが欲しくて追い掛けたら犬がホモのオッサンで、パティシエを結婚させないといけないんだけど、俺は決して納豆フェチでも犬フェチでもないんです!」
お頭は呆然と俺を見つめている。訳もわからずまくし立てたが、さっきまでの剣幕はお頭の顔からは消えていた。
「話はよお分からんが、とりあえずお前はあの若造とわしの娘を結婚させたいんやな?」
俺は激しく首を振る。お頭は煙草を口にくわえて少し間を置いてから頷いた。
「まあええやろ。どうせわしが反対したかて娘も頑固やからのお」
「じゃあ……!」
「ただし、条件がある」
まただ。俺は項垂れた。
「この年になって言うのも恥ずかしいんやが、一人嫁にしたい女がおってのお」
「じゃあその人を説得したらいいですね」
もう面倒臭いし、お頭の恋愛話などどうでもいい。俺は一刻も早く目的を達成したいんだ。
「頼んだで、坊主。それからその女の事やけどなあ、お前と同じ高校に通ってる『中澤』言う名前や。知っとるか?」
お頭は俺の着ている制服をじろじろと見て何度も頷く。
俺は目を剥いた。お頭の好きな人が中澤さん……そんな馬鹿な。ショックのあまりそこから動けなくなる。
「お前が説得してくれたら、わしもあのパティシエとの結婚を認める。約束しようやないか」
俺はお頭のキラキラと輝く瞳を見て使命感に囚われた。そうだ、俺にはやらなければいけない事が沢山残っている。ここで負けてはいけない。頑張るんだ!松本。