がんばれ!松本くん-5
俺はケーキ屋の前にいた。気が乗らないまま、仕方なく店の中に入る。
「あの、パティシエはいますか?」
「パティシエ……ですか?」
店員は少々驚いた様子で、お待ち下さい、と、中に入って行った。
何と言えばいいものか。説得っていったって。
「お待たせ致しました。パティシエの宇美野です」
長身で驚くほど色白な男の人は、宇美野と名乗り俺に一礼した。
御用件は?と言いながら、宇美野は俺の体に付着した納豆を怪訝そうに眺める。
「俺は納豆フェチじゃありません。ついでに」
犬フェチでもない、と言いかけたが、ここでは関係ない事なので止めておいた。
宇美野は俺の言葉に苦笑いを浮かべている。
「用件というのはですね。あなたに好意を抱いているおと……あ、ちょっと特殊な人がいまして」
変な汗が出てくる。こんな状況、どう説明しろって言うんだ。
「その人と交際してくれって事ですか?」
ふいに、心の中を見透かされた気がして心臓が止まった。
俺は恐る恐る目を上げると、宇美野は小さくため息をついた。
「すみませんが、そのお気持ちには答えられません。僕には婚約者がいるんです」
そんなの当たり前だろという気持ちと、ここまで来て諦められないという気持ちが入り混じる。気がつくと俺は叫んでいた。
「婚約者がいるってあなた、自分はそれでいいか知らないけど……報われない人の気持ち考えて下さいよ!オッサンになって男を好きになるなんて……しかもその恋を成功させなきゃ俺の恋だって成功しないんだ。可哀相だと思いませんか!」
感情剥きだしに吠える俺を、ただ呆然と見つめる宇美野。
「くそっ、モンブラン……犬がホモのオッサンに繋がっていなければ、俺は中澤さんの奴隷に……!」
「一体なんの話をしてるんですか?」
うなだれる俺を益々怪訝そうに睨みつける宇美野。そして吐息を漏らす。
「あなたの事情は分かりませんが、僕には最愛の婚約者がいます。まあけど」「けど?」
俺は身を乗り出す。
「実はその婚約者のお父さんに結婚を反対されてまして。僕としては彼女以外の人は考えられないんですが……この際仕方ない。彼女との結婚を成功させてくれれば、その人と一日だけデートしましょう」
宇美野は笑みを浮かべながら俺を見据える。難しくはあるが可能性が見えてきた。俺は立ち上がった。
「ほ、本当ですか!」
「はい」
宇美野の真っ直ぐな返事に俺は心を突き動かされた。ここで負けてはいけない。頑張らなくては。