誰が為ぞ-3
体が動かないという現実は、耐え難い事実として父に重くのし掛かった。
酒を呑む度に多弁になって下らない洒落で笑っていた父は、酒を煽る度に寡黙になった。
動きたい、動かない。
父の心がどんな葛藤を繰り返したのかは分からない。
けれど遂には一言も発する事は無くなり、一日をベッドで過ごすようになってしまった。
――――
カタン、と小さな音がして私は目を覚ました。
郵便受けに手紙が届いたのだと寝ぼけ眼で理解して、玄関へと向かうとひんやりとした空気が頬を掠める。
外にはちらほらと雪が舞い始めている。
「あぁ美代ちゃんからか」
数年前にこの村から引っ越した友人は、季節の変わり目に思い出したように手紙をくれる。内容は友人の近況。
希望の進路に進めそうだと言うこと。
旅行に行ったこと。
面白い友人が出来たということ。
ただ日々の戯れ、他愛もない話題。それを私が切望する事だなんて友人は知らないから無邪気にじわじわと首を絞められているような感覚に陥る事がある。どす黒い感情が足元を這いずりながら私を浸食する。
このままずっと、永遠に、恒久に、この時間が続く?
「今夜は吹雪くかな?」
私は曇った窓を覗いて、何も考えないようにした。
夕刻を過ぎる頃には鉛色の雲が空を包む、どこからこんなに降るんだろうと言いたくなる位の雪が、落ちては溶けていく。
テレビからは天気予報、この村の天気をダイレクトに伝えてはくれないけれど山間部は吹雪くでしょう、との声に私はため息をついた。
もうそろそろ、父に夕食を食べさせて体を拭く時間だな、そんな事を考えながら立ち上がるのと電話のベルが鳴るのは、図ったように一緒のタイミングだった。
「もしもし?」
駐在さんか、それとも父の掛かり付けの医者かしらと電話を取る。
私達を心配して電話をくれるのはその二人位だ。
『久しぶり、私よ』
「誰?」
心当たりのあるとても懐かしい声だったけれど、私は当たって欲しくはなくて知らない振りをした。
『もうお母さんよ!今日ね偶然街で竹下さんに会ったのよ。それであなた達の話し聞いて、ね』
「久しぶりに思い出したんだ、私たちの事」
竹下さんの引越しは昨日だからもう無事に終わったのだとぼんやりと思った。