誰が為ぞ-2
『お父さんとお母さんの為に、ね?』
捨てられるという自覚はあった。けれど、当時私には頷くという選択肢しか存在しなかった。
この村が嫌いだと常に言っていた母、父に説得されて越してきたけれどこんな田舎とは思わなかった、出て行きたい。母は私が幼い頃から二人になるとよく愚痴を言っていた。
だから出て行ってから、ただの一度も母から連絡がないことなんて、予想の範疇だった。
――――
「御馳走様でした、お父さんテレビつけるよ?」
チャンネルは少ないけれどテレビは映る、それが私の唯一の娯楽。
過疎化が進むこの村ではまさしく高齢化社会で、皆は優しくしてくれるけど中々話題が合う世代の人間はいなかった。
「あっこのレシピ美味しそう!今度作るね」
私が独り言のように喋るのは父を寂しくさせない為なのか、私が言葉を忘れないようにする為なのか、もうそれすらも分からない。
「お父さん、おやすみなさい」
返事のない背中に挨拶をして、電気を消す。
外からは風で窓の格子がガタガタと揺れる音が聞こえた。
時々びゅうっと聞こえる風の音に、直接吹かれた訳でもないのにゾクリと寒気を感じて布団を深く被る。
初雪は近いかもしれない。
微睡みの中、「あの時」の母の声が聞こえた気がした。
こんな時は大概あの時の夢を見る。心の中でため息をしながら私の意識は深淵へと落ちていく。
『お父さんが!お父さんがぁあ!!』
忘れたいと思えば思う程に、今でも鮮明に蘇る。
あの日、あの時の光景は目に焼き付いて離れない。
父は教師だった。
故郷であるこの村の、生徒数は片手で足りる廃校寸前の学校。そこで教鞭を振るいたいのだ、と酔うたびに饒舌に語っていたという。渋る母を漸く説得して、二十年程前にこの村にやってきた。
それから私が生まれて、俺は世界一の幸せ者だと父はよく笑っていた。
『お父さんの体……動かなくなっちゃった』
父が事故にあったと連絡を受けた時、父は隣の市の総合病院で治療を受けていた。
つまりは村の診療所では処置出来ない重体なのだと理解すると体が凍りつく感覚がした。
母が私の体に泣きながら縋る、私の体は、両足を杭で打ち込まれたようにまったく動きはしなかった。
『ドライブで余所から来たもんが事故ってそれに巻き込まれたんだ』
駐在さんが気の毒そうに説明してくれたけど、それすらもうまくは理解出来なかった。
どうして事故が起きたのか、どうして父なのか、どうして父の体は動かなくなったのか。
スピードを出しすぎた車、子供達の為に交通整備をしている時に、脊椎の損傷が、様々な人が教えてくれたけど、私が聞きたかったのはそんなのじゃなかった。
どうして、私達家族を幸せにしてくれないの?
私は神様に毎日問うた、返事が無くても毎日毎日。
『どうしてこんな事になっちゃったんだろうね?』
父を自宅で介護する為退院させてから数カ月、台所で食事の準備をする母の手が止まった。包丁を握りしめたまま母は虚ろな瞳でそう言った。