きみおもふ。-16
「逸くん私より自転車の方が大事なんだね」
「ぅえっ!?」
しょぼんと俯く友夏に思わず目をやる。
「そ、そんなはずあるか!ゆかの方が大事に決まってる!」
慌てて否定したため逸の声は大きく響いた。しかもハッキリと、自らの心の内を正直に。
大きな瞳をいっぱいに見開いて、友夏は呆気にとられたように逸を見上げた。まさかこんなにも必死に否定するとは思わなかったのだろう。
「あ……」
はっと我に返り、逸は急に恥ずかしくなってきた。
「いや、その…」
「ありがと」
彼の頬が染まっていることに気付かず、友夏はにっこりと微笑む。
「嬉しい」
素直な言葉。更に逸の頬は色を濃くする。
「あ、バス来た」
ふと道路を見て友夏が声を上げた。
「じゃあ先行くね。また学校でね」
手を振りながら小走りで駆け出す友夏。
「あ、ああ、気つけてな」
遅れて逸が手を挙げる。傍にいた友夏は既に数メートル先にいる。…遠い。
ぴたっ。
突然友夏が止まった。何を思ったか振り向いて逆走してくる。
「ゆか?忘れ物か?」
心配なのだろう、逸も小走りで友夏に駆け寄った。
「これ」
そんな彼にかけられたもの。それは他ではない友夏のマフラーだった。
「バスの私より自転車の逸くんの方が寒いから」
立ち尽くす逸。声が出ない。ただ溢れるのは、伝える統べのない友夏への想いだけである。
「風邪ひいちゃ駄目よ」
無邪気な笑顔を浮かべると、友夏は足取り軽くバス停へ向かって駆けていった。
降り続く雨だけが空間を支配していた。周囲に存在するもの全てを消し去るように。
そっと逸の手が首にかけられたマフラーに触れる。
「ゆかより自転車の方が大切なんだ、だって?そんなはずあるかよ……」
僅かに震える声が雨音に混ざる。
「自転車どころじゃねぇよ。世界に存在する何よりも、誰よりもゆかの方が大切なんだよバカヤロー……」
静かに、ひっそりと育ててきた想いは既に破裂しそうな状況下にある。彼はふ、と雲が覆う空を見上げた。
そうしても届くわけもないのに、
彼は呟く。
何年も抱いてきた想いを
何年もやってきたように。
「すきだよ、ゆか……」
(遅いなぁ)
友夏は自らの机に頬杖をつきながら黒板の上にある時計を睨んでいた。
(もう五分で朝のST始まっちゃうよ)
彼女が気にしているのは逸のことである。まだ彼は教室に姿を現わしていないのだ。ちなみにSTとはShortTimeの略で、クラス担任からの話を聞く、所謂連絡会みたいなものだ。
(事故にあったんじゃないよね……。やっぱり無理矢理でもバスに乗せればよかった)
そう後悔した時、がらっと扉が開いた。しかしそこに現われたのは担任教師。逸ではない。
「じゃあST始めるぞー」
と言いながら扉を閉める………寸前、誰かがガッとそれを止めた。再び扉が開け放たれる。