アン・ロジック-1
私は今まで、普通で幸せな生活を送ってきた。学校の学力は平均で、友達も普通にいた。両親はとても優しくて、私にたくさんの愛情を注いでくれたわ。
ある日、私がリストカットをしたとき、お母さんは泣き、お父さんはへたり込んで「ごめんな」ってずっと謝ってた。私は、今ある幸せをその時、生きてきた中で一番に感じたの。お母さんもお父さんも、こんなにも私のことを愛してくれている。そう、感じた。
それでも、それだから私はリスカを辞められないわ。だって、私が壊れることに、精神ではなく、肉体的に朽ちる事に意味があるのだもの。自分の身を削る事を楽しいと、本当に思えるのは私だけよ。
だって、神様からおもちゃを取り上げられるんだもの。
貴方だけのおもちゃじゃないのよ? ってね。
私は何度血が出ても、手首をカッターで切りつけた。切れなくなったら刃を折り、何度も、何度も手首へと押し付けた。
こんな私は壊れているのかしら?
壊れているのは、本当はセカイじゃないかしら? 私はこう思うようになった。だって、倫理とか世間の一般論、自分の中の、神様の中の理論は、自然じゃないもの。所詮押し付けなのよ? 事実はもっと単純。 どちらでもいいのよ。
ああ、今日この日記を書いたのは、とても、とても幸せな日だから。
両親に泣いてもらった時以来の、崇高な日なの。
私はついに解放されたのよ。神様から、私のセカイから。全て解き放たれた。私は自由になったの。だれにも邪魔されずに、私だけのセカイを歩める。これ以上の幸せって有るのかしら?
私はこれから私だけの為に生きるわ。私のやりたいように行動して、私の思ったままに生きてみせる。
きっと素敵な女性になるわ。
まだ中学生で、胸も出てないし、腰もくびれてないけど、きっと、胸が次第に大きくなって、腰もくびれてくるわ。そのはずよ。
だってお母さんは、スタイルがよかったもの。
さあ、私だけのセカイの準備をしないと。
コレから忙しくなるわ。
こんにちわ、今日からの私。
さようなら、昨日までの私。
丁寧な文字を日記へと書き込み終わり、ゆっくりと閉じる。いつも使っている机の引き出しへと日記をしまい、入念に鍵をかける。中学生という年代にとって、自分の秘密を誰かに開放されることは、これ以上ない恥辱であり、屈辱である。この年の子にとって、大事なものに鍵をかけることは自然なことだ。
「ピンポーン」
誰かが家のチャイムを押した。
少女は優雅に2階の自室から1階へと階段を降り、扉の鍵を外す。
家へやってきたのは、理子花の担任の仲川先生だった。
中年で痩身、無駄な脂肪がついておらず、いい具合に枯れた相貌は、女子の間で人気が高い、男性教員の一人だった。
「あら、仲川先生今晩は」
「今晩は、理子花(リズカ)」
「なんの用かしら先生? 私忙しいのですけれど」
年上の先生へと、挑戦的な態度を取るが、仲川先生は腹を立てるではなく、冷静に微笑み返した。
「相変わらずな態度だなぁ、君は。お母さんとお父さんはいるかーーー」
そう言い終える前に、先生は家の中の臭いにより嘔吐(えず)いてしまった。
一体なんの臭いだ!? そう思い視線を理子花の後ろへと向け...気づいた。
目を思いっきり見開き、まさか見間違いじゃないだろうか、という問を、錯覚であって欲しいという願いを、数秒で打ち砕かれる。