夏の始まり、夏の終わり(後編)-10
「え?なに?」
私は驚いて、身を引いた。
彼は自分から大声を出したくせに、私の言葉を制するように口に指を当てた。
静かに…という合図。
私は何が起きたのか分からず目を丸くする。
彼はじっとしたまま視線を斜め上に送っている。
少し気持ちが落ち着いてきた私は、それに気付いた。
それは…
蝉の鳴声。
「このあたりにも、いるんだね」
私は小さな声で呟いた。
人工的とも思える自然の一角にも、蝉は生き続けている。
「また夏が来たんだなあ」
「もう…夏なんだね」
どんなニュースより天気予報より…
蝉の声が、私たちの夏を呼び起こさせる。
悲しかった季節も必ず過去になり、また同じ季節が巡ってくる。
でもそれは同じなようで…違う季節。
「久しぶりに、蝉捕まえてみたら?」
私は彼に言ってみる。
「よし、やってみるかな」
彼は楽しそうに、声がする方角へ歩き出す。
蝉の居場所を探す彼の後姿を…
私は、穏やかな気持ちで眺めていた。
END