夏の始まり、夏の終わり(中編)-9
暑さからなのか、私が動揺しているからなのか…
まっすぐなはずの道は、波を描く空気に飲み込まれ曲線を描いているように見えた。
仕事着の私を、私と気付くのだろうか。
男は、汗を手で拭いながら大きな鞄を持って歩いている。
私は…そんな男の姿から、目が離せなかった。
「どうしたんだい?」
老人が、車椅子を進めない私にたずねた。
「好きな人が、いたんです」
「ほお、それで?」
「でも、私みたいな女には…届かない人だったんです」
「その男には、女房でもいたのかい?」
「いえ…」
「自由過ぎるのは、不自由なもんだね」
「え?」
男性は、認知症とは思えないほど…難しいことを言う。
「私は女房と、駆け落ち同然だったんだよ」
私は、彼と妻の顔を交互に見つめた。
穏やかそうで優しい初老の妻。
私たちヘルパーと助け合いながら、夫の介護をしている彼女。
そんな彼女の親戚に犯罪を犯した者がおり、親兄弟に猛反対を受けたのだそうだ。
「でもねえ、女房と結婚してよかったよ」
「どうしてですか?」
「決まってるじゃないか、好き合ってたからだよ」
妻はさすがに恥ずかしそうにしている。
「あなたったら、そんな話して」
優しく夫を諭している。