夏の始まり、夏の終わり(中編)-8
「ええ、旦那もいませんよ」
「そうかい…夫婦っていうのはね」
会話はいつもかみ合わないが、そんなやりとりも私の心を穏やかにしてくれる。
「はい、夫婦って?」
「好き合って一緒になるんだから、背を向け合っちゃいけないんだよ」
その横で妻が苦笑いしながら、ごめんなさいね…と私に軽く頭を下げる。
夫の会話に合わせてくれるヘルパーである私に気を使っているのだろう。
私の昔の夫は…今、どうしているのだろう。
幸せになっているだろうか。
ろくでもない男だったけれど…真面目に働いているだろうか。
それなりに、幸せになっていて欲しい…
私はそう思った。
「そんな人と、出逢えたらいいですね」
「そんなのは、努力だよ」
彼が大きく頷くので、私とその妻は笑ってしまった。
私たち三人は、道端の大きな木の陰で休憩する。
上には蝉がいるので騒がしくお互いの声もろくに聞こえない。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
私は、再び車椅子を押し始めた。
その道の先に、黒い小さな人影があった。
あの男だった。
遠くからでも分かるに決まっていた。
視界を遮るものは何もなく、私と男の立つ道はまっすぐ繋がっている。