夏の始まり、夏の終わり(中編)-7
私は、介護の仕事に就いた。
介護の資格を取り、すぐに働き始めたのだ。
今までまともに働いたことのない私には、新鮮な世界だった。
同僚たちは、肉体労働の不満を口にしていたが…
私には、汗を流しながら無心で働くことが心地よかった。
男が…仕事も、それはそれで楽しい…と言っていたのが、少し分かった気がした。
男から、携帯の着信が何度かあったが、私は決して連絡しなかった。
今の私には、思い出があれば十分だった。
「外は暑いですよ?」
私は、車椅子で生活する初老の男性を説得している。
この男性は、大学を出て世界を飛び回る仕事をしていたのだという。
定年になったとたん倒れて体は麻痺し、認知症状も発症したのだという。
彼が、どうしても外で蝉の鳴声を聞きたいというのだ。
「子どもの頃は…木に登って蝉を捕まえたのに」
初老の男性は寂しそうに言った。
「わがまま言って、ごめんなさい」
男性の妻は、自分も付き添うからとお願いしたいと言ってきた。
仕方なく、私は帽子を用意し…車椅子を押し外に出た。
「あんた、お子さんはまだ?」
軽度の認知症を持つ彼は、私が独り身ということをいつも忘れる。