夏の始まり、夏の終わり(中編)-6
どちらともなく…私たちは手を繋いで歩き出した。
私には分かっている。
これはたった一瞬の風と同じ。
ここから何かを始められるほど、無垢でも正直でもない人間なのだ。
だけれども…
今だけは、暗く心地のよい過去へ逃げず…私もこの男に、笑顔を向けていたい。
私のことを何も知らない…
かつての夜の私を…
許してくれたこの男に。
・・・・・・・・・
この町に、また夏がやって来た。
蝉は今年も騒がしく鳴いている。
私は、もうあの店先に立つことはない。
東京を訪れたあの日、結局男とはあの後そのまま別れた。
手を繋ぎ、暫く歩いた時間は…
穏やかだった。
東京にいても、あんなに安らかな時間が一瞬でもあったかと…
今となっては、夢だったのかもしれないと思う。
私はあの後すぐに、店番を辞めた。
店主のおばさんには悪いと思ったが…このままでは、私は生きていけない気がしたのだ。
私は、生きていきたいと思った。
たとえ、男の足元にも及ばない…一生だとしても。