夏の始まり、夏の終わり(中編)-3
しかし、包む空気が違うからなのか…私が話しかけていい隙を見つけられない。
食事をしながら、私たちは向かい合い、言葉を交わす。
私は上手く話すことが出来ない。
田舎町と違い、ここが私の居場所ではないからだ…そんな風に思った。
男は、自分が生きる街でも…あんな田舎町でも…自分の居場所を持っている。
というより、男がいれば、そこが男を迎え入れるような…そんな、崇高な人間に思えた。
「東京には、いつまでいらしたんですか?」
男は私にたずねてきた。
「大学に入る時に上京して、5年位…」
「だと、お仕事はすぐに辞めてしまったのかな」
「ええ…」
私は言葉を濁した。
男はそれに気付いたのか、それ以上はその話題に触れず、それでも優しい声で言葉を続ける。
「なかなか休みが取れなくて…どこか旅行にでも行きたいな」
「そんなにお仕事大変なんですか?」
「ええ、旅行どころか、日帰りで遊びにさえ行けないんですよ」
私は、男の仕事を初めて知った。
聞くだけで目が回りそうな、難しそうな仕事だった。
それでも、私は男のことが知りたい一心でずっと耳を傾けていた。
社会の中で、高い高い世界にいる男と…
出逢った夏、蝉をたくさんとったと…昔を懐かしむ男と…
同じ人物であるのに、私にはそう思えなかった。
しかしそれは…
私の、極端すぎる卑屈な心から来るものだと…自分で分かっていた。