夏の始まり、夏の終わり(中編)-11
「逢いたかったんだ」
男の笑顔は、これだけ走ってきた後でも穏やかだった。
「この人かい?」
車椅子の男性は少し冷やかしながらも優しく笑い、私に言った。
「はい、そうなんです」
私は…不思議な位、素直にそう答えることが出来た。
「届かない…ことは、なさそうだなあ」
車椅子の男性とその妻は、私たちを見て笑っている。
男は、その会話の意味が分からず不思議そうな顔をする。
それでも、笑う私たちにつられたのか…幸せそうに笑い始めた。
「私たちは先に帰ってますね」
妻は、笑顔で私にそう言った。
「あ、でも」
躊躇する私に、彼女は言った。
「大丈夫、ちゃんとお仕事したってことにしておいてあげるわよ」
二人は、夫婦水入らずで散歩する…と男に言い残し、この場を後にした。
私たちは二人きりになった。
男はさすがに暑かったのか、ネクタイと襟元のボタンを外している。
私は、以前と同じ気持ちで、同じ言葉を男に伝えた。
「連絡くれたのに、ごめんなさい」
「気にしないで下さい、過去は過去ですから」
「はい…」
「どうするかですよ」
「え?」
「僕は、だから…歩いていたんです」
「どこから?」
「行きも帰りもずっと、最初から最後まで」
「え?」
私は驚いた。