夏の始まり、夏の終わり(中編)-10
遠くに見える男の姿は、その間にもゆっくり段々と近づいてくる。
この炎天下に、歩いていて大丈夫だろうか。
「届くも届かないも、自分が決めることじゃないさ」
「え?」
「好きだったら、飛び越えりゃあいいことだ」
「怖いなあ」
「命とられるわけじゃないだろ」
その言葉に…私と妻は、笑ってしまった。
私は再び、男が歩いてくる方角を見た。
ずっとずっと…一瞬でも男の姿を見失わないように。
男が、自分を見つめる私と車椅子の男性、その妻の三人に気付いた。
男は…暫く立ち止まったまま、私と視線を合わせた。
そして、何かを決断したかのように、一気に走り出したのだ。
「こんにちは」
男は、車椅子の男性とその妻への手前、最初にちゃんと挨拶をした。
息は乱れ汗が滴っている。
「お店、辞めたんだね」
「ごめんなさい」
やはり、男はあの後も店を覗いてくれていたのだ。
「休みの日もお店に行ったんだ」
「わざわざ?」
「うん」
日帰りで遊びにいくことすら出来ないと言っていたのに。