夏、そして夏。side B-1
「伴ちゃん昨日どこ行ってたの?」
プールに近づくと、さっそくマネージャーのチーが来た。
「うん、後で話すよ。それより麻は?」
チーが指差す先、ちょうど麻がプールから顔を出したときだった。
「どうだ、調子は。」
「いいよ、いい感じ。」
麻は俺に向かってVサインを出した。
伴 秀二‐ばんしゅうじ‐32歳。スイミングスクールで働きながら、麻たちの水泳部のコーチをしている。
麻は小学生の頃、俺の働いているスイミングスクールに来ていた。もちろん、風太も。
もしかしたらその時から、2人に振り回されていたのかもしれない。
麻に再会したのは、3年前の夏、麻が中学3年の時だった。
「伴ちゃん、あたしを全国に連れてって。」
野球マンガのヒロインのように、彼女は言った。
‥なんて、ドキドキするはずはなく。
「なんだ?!お前。」
「だってぇ。風太と約束したんだもん。」
久しぶりに聞いた名前だった。
麻と風太、彼らが小学生の頃、全国レベルのウチの2トップだった。
麻の話によると、風太と全国大会で会おうと約束したらしい。
しかし、中学ではなかなかタイムも伸びず、県突破もできないまま、最後の大会が終わった。
小学生の時は全国レベルでも中学に上がると全く相手にされなくなる。体の大きさからして違うのだ。ここでブランクに陥る選手は多い。麻もそのタイプだったか。
「ていうか、風太がどこに引っ越したのか、麻知ってるのか?」
「うっ。し、知らない。」
はぁ。
昔からこいつはどこか抜けていた。
そして、俺は彼女の夢に付き合うこととなった。
「チー、ちょっと来い。」
俺はマネージャーのチーを呼んだ。
「実は昨日な、風太に会ってきた。」
「えぇっ!ほんと?!」
「あー。近畿地区の予選の記事から風太の名前見つけてな、居場所がわかった。」
「麻ちゃんには?」
「言ってない。言わない方がいいだろ。」
「そうだね。」
さすがマネージャー。
麻の集中力を保つには、この方がいい。
実は去年も麻は全国大会まで来たのだ。しかし、決勝までは残れなかった。
やっと、やっとここまで来たのだ。つらい練習を乗り越えて。
麻、会えるんだぞ。
風太に――。