夏、そして夏。side A-1
真下に青いラインが見えた。
もうあと一かきして伸ばせば壁に手が届く。
上から誰かが覗いている。
あたしは壁に手をつき、水面から顔を出した。
「おつかれ。麻ちゃん、今日伴ちゃん来れないって。うちらもう上がるけど、どうする?」
覗いていたのはチーちゃんだった。
「んー。もうちょっと泳いでく。」
「わかった。あんまり無理しないでね、大会近いんだから。」
「うん、ありがと。」
「――今年は、会えるといいね。」
日向 麻‐ひなたあさ‐高校3年生。水泳部所属。種目、自由形。
今年は、会えるといいね――
この言葉を聞いたのはもう何度目かな。
約束をした、あの夏から6年。
6回目の夏、もう今年が最後のチャンスかもしれない――
関東大会であたしは100m自由形で自己ベストをだし、全国の切符を手にした。
3日後には全国大会が始まる。
それなのに、伴ちゃんどうしたんだろ。
あたしはまた泳ぎ始めた。
小6のとき、あたしは初めて記録を残した。
全国学童大会で自由形50mで3位入賞。小さな銅色のメダルをもらった。
同じ大会、同じ種目の男子の部で、風太は金色に輝くメダルをもらっていた。
「お前のよりカッコイイだろ。」
風太は同じスイミングスクールに通う男の子。
同じ年の男の子なんてあたしより背の低い子ばっかりなのに、風太だけは違くて、あたしよりいつも一歩前を行っていて、風太に追い付くのが目標だった。
いつも風太を見ていた。
風太が好きだった。
小学卒業と同時に、風太が引っ越すことが決まった。
「もう会えないのかな。」
あたしは聞いた。
「麻が金メダル取ったら会ってやるよ。」
「えー、そんなの無理だよぉ。」
「無理なんかじゃないよ。全国大会で会おう。絶対、会えるから。待ってるから。」
12歳の男の子と女の子の交わした約束。
あれから6回目の夏、その約束を果たすために、あたしは全国に行く。
風太に会うために。