『僕の瞳に映るのは……』-1
夕暮れ時………古い言い方では『逢魔が時(おうまがとき)』って言うらしい。昼でもないけど夜でもない、そんな曖昧な時間……
魔に逢う時……
通い慣れた街並みを、僕はいつも通りに家路に向かう。
なんら、代わり映えしない毎日……だけど、別に不満がある訳じゃない。規則正しく一日は始まり、当たり前の様に終わっていく。
ただそれだけのコト……
でも日常ってのは、そんなモンだろ?
別にふて腐れてる訳でもないし、斜に構えてる訳でもない……。そんな僕は回りの奴らに言わせれば、よく言えば冷静沈着、悪く言えば無感動らしい。
「別に、そんなつもりは無いんだけどなぁ……」
呟く様に零(こぼ)れた自分の言葉に僕は思わず苦笑いする。
ただ、気持ちを表現するのが下手なだけなんだけど、それを説明するのも面倒だから結局いつも何も言わない。
そんな当たり前の日々。
でも、たった一枚の花びらが水面に波紋を拡げていく様に、ほんの些細な出来事が日常を変えてしまうんだという事を、その時僕はまだ知らなかった……
「あれ?誰だろ」
初夏の風が吹き抜ける街の中で、僕は彼女と出逢った。きっと、それ自体は些細な出来事だったんだと思う。
彼女は歩道脇の手摺りに手を乗せる様にして物憂げな瞳で何をするでもなく、ただ景色を眺めている。
だけど、その姿はそのまま風景に溶け込んでしまいそうな程に儚げで、茜日に映える横顔は幻想的な程に美しかった。
そのまま時が止まったみたいな情景の中の彼女に、僕は見とれていた……
やがて、風景の中から抜け出す様に彼女はゆっくりと振り返り、視線を僕に向ける。
漆黒の瞳が、じっと見つめている……
盗み見ていた様なバツの悪さを感じて、僕は彼女の脇を急ぎ足で通り過ぎようとした。
「……あの……」
優しい響きを感じさせる柔らかな声が、そんな僕の足を止める。
「な、何ですか?」
冷静沈着?笑っちゃうよな……
突然彼女に話し掛けられて、みっともないくらいに僕は動揺していた。
「あなた、あたしが見えるの?」
「え?」
彼女の言葉は確かに聞こえていた……だけど僕の頭は、その意味を理解してくれない。
「あたしの声が聞こえるのね?」
そしてまた彼女は問い掛けてきた。そこで初めて僕は反応する。頭を小さく動かすという仕草で……
「よかった……。あたしに気付いてくれる人がいて……」
そう言って彼女は微笑む。けれど、その笑顔は哀しみに彩られ、淋しさがちりばめられている様にさえ見えて
「い、意味がわからないんだけど……」
堪らずにそんな言葉を口にした。だって、彼女の顔を見つめていられなかったんだ、切なくて……
僕がそう言うと、彼女はほんの一瞬だけ驚いた様な顔を見せる。そして、今にも泣きだしそうな笑顔で手を差し出した。