タバコは二十歳になってから-2
「お前、もう吸ったか?」
「なにを?」
「タバコだよ」
「……吸ったことくらいは、あるけど」
嘘だった。
「へえ、あるのか。なに吸った」
「マイルドセブン」
「へえ……」
そして唐突に、親父は一本だけ出したタバコの箱を俺に差し出して、言った。
「吸うか?」
「は? オレまだ17なんだけど」
「もう吸ってんだろ?」
「ああ、まあ」
「マイセンなんて飴だよ、あんなモン。どうせならこっちにしろ」
「なに、これ」
「セッタだ。セブンスター」
恐る恐る、一本抜いて口に銜えた。親父の前で見栄を張りたかったし、興味もあったのだ。
「ほれ」
愛用のジッポの火を、出来の悪いホストみたいに俺に差し出してきて、俺はいまさら断ることも出来ずに、それに火を点け――。
そして、案の定思い切り噎せた。
「うげっほっ! おえ!」
「あんだよ、だらしねえな」
親父はそんなふうに言って、普段あまり見せない表情でからからと笑っていた。
そして俺が一通り呼吸を落ち着けたころには、親父はまたタバコを銜えて、新聞を広げていた。特にそれから、言葉をかわすこともなく。
なんでそんな、どうでもいいことばかり覚えているのだろう。
あのときは肺までいれられなかったセッタの煙を吸いこみながら、なんとなく空を見上げる。
もっと親父との想い出はあったはずだ。
家族旅行だってしたし、些細なことで殴りあったことだってあった。俺の結婚式や、孫が生まれたときの笑顔だってちゃんと覚えている。
それでも、俺の一番の記憶はその会話だった。
何気なく月を見上げると、それは雲に掠れて、顔に白い布をかけられた親父の姿を、一瞬思い起こさせた。
タバコもいつの間にか三本目になっている。もうあまり、辛く感じない。
「親父」
いきなり聞き覚えのある声がして、俺はそちらを振り返った。俺を探しにきたらしく、賢吾がサンダルでそこにいた。
「なにやってんの? コンビニ行くとか言って」
「タバコ吸いたくて。お婆ちゃんいたら、家じゃ吸えないだろ」
「メールとかしてよ」
「わりい」
賢吾はベンチの横に座って、携帯電話をいじくりはじめる。
「だれにメール?」
「オカンとオネエ。親父いたよって」
「ふーん」
今日は初七日だった。親戚の相手を全部兄貴に押し付けて、俺は早々に退散してきたのだ。
「親父、戻らなくていいの」
「いや、正直さ。俺、別にいなくてもいいって。兄貴と婆ちゃんがいりゃあ十分でしょ」
「おい、息子なんだから」
賢吾の言葉を無視して、俺は携帯灰皿にタバコを捨てた。
「お前は戻らなくていいのか?」
「そんなもん、親父探すのを口実に逃げてきたに決まってんじゃん」
「おい、孫なんだから」
同じフレーズを返してやる。
新しく一本銜えようとして、俺はふと思い立った。
「お前、今年でいくつだ?」
「18だけど?」
「タバコ吸ったことあんの?」
「は? あるけど」
嘘だな、と咄嗟に思った。なんだかほほえましい嘘だ。