笹沢瀬里奈の悩み 〜Love trouble〜-9
瀬里奈と山科が連れ立って行ってしまうと、残された四人はそれぞれ家に帰る事にした。
お祭り気分など、もはや跡形もなく吹っ飛んでいたからである。
「あ、秋葉」
「そうだ、輝里ちゃん」
芝浦家と高崎家の分岐点まで来ると、美弥と龍之介は立ち止まって二人を呼んだ。
『?』
龍之介は、不思議そうな顔をした秋葉の腰を思い切り叩く。
「しっかりしろよ!」
そう言うと、がっちり握手した。
「……おい」
秋葉がむっとした声を出すと、龍之介はニヤリと笑う。
「どういうつもりだよ?」
「ま、念のためさ」
秋葉は微妙な顔をして、輝里を見た。
当の輝里は美弥から何を吹き込まれたのか、真っ赤になりつつも頷いている。
「じゃ、輝里ちゃん。またね」
「それじゃあな」
美弥と龍之介が行ってしまうと、二人は顔を見合わせた。
「あ……お、送るよ」
その言葉に、輝里は驚いて秋葉を見上げる。
「ほ、ほら、もう遅いしさ!」
多少あたふたした口調なのは、致し方ない。
何しろ、龍之介ときたら……。
「……はい」
挙動が多少変だが秋葉がそう申し出てくれた事が単純に嬉しく、輝里は素直に頷いた。
「よ、よし。じゃ、行こうか」
龍之介と握手した手をポケットに突っ込み、秋葉はゆっくり歩き出す。
輝里はその横を、ぽてぽて歩き出した。
ストライドの違い過ぎる二人が、同じような速度で歩いて行く。
秋葉は龍之介の言動のせいで黙りこくり、輝里は緊張し過ぎて口を閉ざしていた。
――特に会話も何事もなく、二人は芝浦家まで辿り着く。
「あ〜…………そ、それじゃ。またな」
言って、くるっと踵を返す秋葉。
「あ……」
輝里は手を伸ばし、秋葉の肘を掴んだ。
驚いて、秋葉は振り返る。
輝里は目を伏せ、声を搾り出した。
「誰も見てなかったですけど……マネージャーとして、キャプテンが喧嘩するなんて許せません」
言われた秋葉は、困ったように頬を掻く。
「いやだけど、あの場で龍之介一人に任せる訳にゃいかな……」
秋葉は言葉を切った。
輝里の目から、ぽろぽろと透明な物が落ち始めている。
「キャプテンは、もうキャプテン一人の体じゃないんです……」
泣きながら訴えられてしまえば、秋葉は沈黙せざるを得ない。
「……悪かったよ」
素直に謝ると、秋葉は輝里の髪を撫でた。
「………………きです」
泣き続ける輝里が、そう呟く。
「キ……キャプテンの事、好きです」
少し大きな声で、輝里は言った。
「は……!?」
秋葉は硬直する。
告白する勇気を出せたのは、美弥のおかげ。
別れ際に輝里は、美弥へ『あんな事言われたもん。やっぱり無理だよぉ』と弱音を漏らした。
それに対し美弥は『まだ付き合ってないって事は、これから付き合う気があるって事でしょ?』と言ってくれたのである。
「キ……キャプテンの事、好きです!」
硬直していた秋葉は、少し間を空けてから答えた。
「……ヤだよ」
びくっ!と、輝里は震える。
「嫌だ」
秋葉は言い募った。
「こんなの絶対嫌だ」
そう言って、秋葉は輝里を抱き締める。
「俺の名前は、『キャプテン』じゃない」
「……?……」
「何で告白する時まで、キャプテン呼ばわりなんだよ……」
輝里は、泣き濡れた顔を上げた。
「俺の名前は?輝里」
「!」
秋葉から『マネージャー』ではなく名前を呼ばれた輝里は、くしゃくしゃに顔を歪める。
「あ……きはっ……秋葉っ……!」
輝里は名前を呼びながら、秋葉へ抱き着いた。
「秋葉っ……好きっ……好きぃ……!」
「俺も好きだよ、輝里」
溢れ続ける涙を、秋葉は指で拭う。
三十六センチも身長に差があると、輝里の涙でお腹が冷たい。
秋葉は小さくて華奢な体を、優しく抱いていた。